2010年9月のマンスリーニュース

2010年10月26日更新


"細部に神宿る"だよね、ホント!

 「あなたがいたから、ふたり逢えたから、今のわたしになれたの」なんて、ポツンと言われたら男はしびれるだろう。久しぶりの再会劇の女主人公を、そんないい女にしたのは田久保真見だ。そうかと思えばもず唱平は、去った男に質問を6つもする女を描いた。喜多條忠は名文句づくりに腐心し、松井五郎は独自のレトリックが鮮やか。今月は作詞家たちの小さな工夫が楽しくて"重箱の隅"をほめたくなった。「細部に神宿るというからねえ」というのが、9月の芝居で役者の僕がお世話になった、演出家の言葉だったし...。

飛騨の月

飛騨の月

作詞:つじ伸一
作曲:岸本健介
唄:原田悠里

 未練の一人旅の旅先・飛騨で、自分の胸の中をのぞき込んでいる女の歌である。つじ伸一の詞は、中橋、三之町、江名子川、白川郷と名所こそちりばめているが、女の心情はただひたすら、待っていることを訴え続けるだけ。
 ほほう、こんな内向きの歌も、この人は手の内に入れたのだと、原田の変化に感じ入る。クラシック発声をやって、それ相応の自負を持ってのデビューから、声に頼り、やがてその声を抑える術を身につけた、原田の来し方を振り返る。この人なりの進境が見えて来る。

帰りたいなァ

帰りたいなァ

作詞:たかたかし
作曲:弦 哲也
唄:清水博正

 この青年はきっと、楽曲の意味合い位置づけをピピッと感得し、それに対応する唱法を選び出す計器を、体内に持っているのだろう。
 今回の作品はひなびた望郷ソングで、味つけは民謡調。それを感知した清水は、それにふさわしい声の差し引き、節の作り方やころがし方、おまけにわずかだが、地方訛りまで動員してみせた。それが可能になるのは、幼いころから流行歌を聞き込んで、貯め込んだぼう大な〝歌のサンプル〟があってのことだろう。
 作曲の弦哲也は、そこを楽しんではいまいか?

虎落の里

虎落の里

作詞:もず唱平
作曲:叶 弦大
唄:成世昌平

 置いてけぼりをくった女が主人公。ふつうこの種の歌には「...だったのね」とか「...なのに」とかの原因探しや愚痴がつきものだ。それをやめたもず唱平は「訳は何?」「恋は何?」「夢は何?」「絆は何?」と、男への反問を並べ立てた。なかなかの手口と言えようか。

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阿修羅海峡

阿修羅海峡

作詞:喜多條忠
作曲:弦 哲也
唄:松原のぶえ

 ♪灯ともし頃の海峡を、哀しみ積んだ船がゆく...なんて名文句ふうが、各節の歌い出しに並ぶ。喜多條忠の細工は情緒的だ。弦哲也はむしろ、タイトルの大きさやインパクトを軸に曲をつけたみたい。詞と曲の技や力くらべに、松原は素直に添おうとした。

北国の赤い花

北国の赤い花

作詞:水木れいじ
作曲:水森英夫
唄:藤原 浩

 藤原はなかなかの美声の持ち主である
持って生まれた財産だが、その整い方が時として情を離れる不利も持つ。だとすれば余分な感情移入にこだわらず、徹底して声を生かし、聞かせる方が得策となる。作曲の水森英夫は、よくそのツボを心得ている気がする。

龍飛崎

龍飛崎

作詞:鈴木紀代
作曲:中村典正
唄:長保有紀

 長保チームはしばしば面白い試みをやる。今度は失恋、傷心の女の旅心の詞に
道中ものみたいな曲がついた。歌詞によっては三度笠でも出て来そうな明るさだ。「山あり海あり夕日あり、ないのはあなたの背中だけ...」このネアカさが、長保に似合うから妙だ。

泣き砂 海風

泣き砂 海風

作詞:喜多條忠
作曲:田尾将実
唄:城之内早苗

 詞が喜多條、曲が田尾、編曲が若草で、蛇足を加えれば制作が佐藤尚。ごく親しい仲間うちの4人が作った〝大作〟ふうで
10行の詞を2行ずつ5ブロックの段々重ね。力唱型向きの作品を城之内に「語らせて」意表を衝いた。それぞれの野心の、足並みが揃った結果か!

ずっとあなたが好きでした

ずっとあなたが好きでした

作詞:松井五郎
作曲:森 正明
唄:坂本冬美

 そうか、その手で来るのか...と合点する。大ヒットした『また君に...』の次の作品。あのイメージを壊さぬように...の狙いがはっきりしている。松井五郎の詞、森正明の曲、若草恵の編曲の足並みも揃って、さりげない情感の向こうに、冬美の絵姿がくっきりした。

約束

約束

作詞:田久保真見
作曲:田尾将実
唄:キム・ヨンジャ

 田尾将実の曲も手慣れて来た。3ブロックに分けて、うまく情感を積み上げる
恋人たちの久しぶりの再会、ヨンジャは抑制のきいた歌唱を選んだ。田久保真見の詞がそうさせたのだろうが、さりげなくてきれい。歌のおしまいの3行がいいから、聞き逃さないように。

横浜が泣いている

横浜が泣いている

作詞:健石 一
作曲:徳久広司
唄:チャン・ウンスク

 昔からいつも、韓国産ハスキーボイスが、スターの椅子の一つを占めて来た。
粘っこい手触りが歌にリアリティを持たせて、日本の歌手には出せぬ味を持つ。チャン・ウンスクもその何人めかの一人。建石一、徳久広司コンビが狙ったのも、淡いエキゾチシズムだ。

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