いい歌を、もっと、もっと...
歌の流れが歌謡曲へ傾いている...と何度も書くが、決して演歌軽視論者ではない。演歌は演歌として、その魅力を極めたいし、それに歌謡曲系が加われば、歌の流れが大きくふくらむ豊かさに期待しているのだ。
その演歌だが、色あいを際立たせる手の一つに民謡調が目立つ。ひなびた味、起伏きっちりの節、歌う心地よさなどが軸。歌い手に独自性が生まれる妙もあろうか。CDのリリース数が減って、作家たちの工夫が求められる側面もあろうが、歌づくりは知恵くらべ、いい歌をずっと心待ちにしている。
夕陽しぼり坂
作詞:喜多條忠
作曲:西つよし
唄:大石まどか
この人は東芝EMI時代、歌謡曲を集中して歌った。しかし、時に利あらずで、コロムビアに移籍、演歌を軸にしぼり直した経緯を持つ。昨今、歌の流れは歌謡曲にふくらんで来て、彼女は再びそれに添おうとする。大きなうねりを生きての歌手生活24年めということになるか。
喜多條忠の詞7行分を二つのブロックに分けて、西つよしの曲がいかにも、いかにも。石倉重信の編曲はエレキギターを前面に出した。前作『居酒屋「津軽」』が好評だったのに乗じて、"その気"のスタッフが強気だ。
かたくりの花
作詞:喜多條忠
作曲:平尾昌晃
唄:北山たけし
こちらは喜多條忠の詞に、平尾昌晃が曲をつけた。ポップス系の作曲家との組み合わせは、明らかに歌謡曲狙いだろう。伊戸のりおのアレンジは、委細承知とばかりサックスを前面に出した。
北山たけしはこれまで、いろんなタイプの作品を手がけて来た。それぞれに、ほどほどの味を作るあたり、器用な人なのかも知れない。今回も無理のない歌唱に彼の声味が生きて、ごく自然な情感が生まれている。企画が蛇行していると皮肉に見るよりは、彼の多面性をアピールする一作と受け取ろうか?
面影橋
作詞:海老原秀元
作曲:岡千秋
唄:松原のぶえ
こういう時期のせいか、演歌も悲痛さまでは踏み込まない。メジャー系の曲をゆったりと、松原が歌ってほのぼのムードだ。3コーラスの歌い納めに「春の夢」「春の空」「春の音」が並ぶ。案外こういう作品のほうが、松原の歌のうまさが際立つ気がする。
男の懺悔
作詞:坂口照幸
作曲:水森英夫
唄:和田青児
寝込んだ女を三日三晩ほったらかしじゃ、そりゃ気がとがめようが、それを「男の懺悔」にするあたり、作詞の坂口照幸も踏んばったものだ。曲の水森英夫は、素知らぬ顔で民謡調に仕立てる。和田の歌の、節を聴かせる特性をうまく生かす目論みだろう。
港町しぐれ
作詞:仁井谷俊也
作曲:水森英夫
唄:池田輝郎
水森英夫はこの作品で、民謡調から日本調へ、もう一歩深入りする。池田輝郎の声と歌を生かしながら、今、それをやればこうなる...とでも言いたげだ。ちらっと連想するのは美空ひばりの『車屋さん』あたり。かつて米山正夫が独壇場とした路線に聴こえた。
鎌倉恋歌
作詞:志賀大介
作曲:伊藤雪彦
唄:三代沙也可
言っちゃあ何だが、伊藤雪彦の老いの一徹でしょう。愛弟子三代沙也可の今作は、前作の江の島から鎌倉へ移って、湘南シリーズふう。ゆったりめの演歌で、失意の女心ソングだ。三代のための歌づくり、その執着心が生んだ情趣と、一応敬意を表しておこう。
螢子(けいこ)
作詞:高田ひろお
作曲:弦哲也
唄:山川豊
高田ひろおの素朴な5行詞で、作曲の弦哲也が腕前のほどを聴かせる。歌い出しを高めに出ておいて、中盤以降、山川豊の低音の響かせどころが4個所ほど。彼の魅力がそこにあるところを生かす、細心の曲づくり。結果、歌のメリハリもきちんと作れている。
昭和えれじい
作詞:吉田旺
作曲:船村徹
唄:岩本公水
吉田旺の4行詞に船村徹の曲。ちあきなおみ用に書き、昭和63年に出たアルバムの一曲のカバー。船村・ちあきには「酒場川」があるが、それを意識してかこちらは"昭和川"が舞台。ちあきのはかなげな情趣に、岩本公水、デビュー20周年の挑戦をよしとしよう。
ひえつき望郷歌
作詞:仁井谷俊也
作曲:岡千秋
唄:岡ゆう子
類型化しがちな演歌を離れるには、民謡調もひとつの手。歌い回し、歌い上げたがるカラオケ上級者を取り込むことも出来る。そんな路線へ、仁井谷俊也・岡千秋コンビが参入した。面白いもので、岡ゆう子のレパートリーづくりでも、色あいがはっきりした。
雨がたり
作詞:瀬戸内かおる
作曲:岸本健介
唄:夏木綾子
伊藤雪彦の三代沙也可への執着心は別項で書いたが、こちら瀬戸内かおるの詞、岸本健介の曲、夏木綾子も、相当な根くらべトリオ。これでもか、これでもか!が、もう何作続いたろう? 今回は演歌ワルツ、さすがに夏木の歌が、作品になじんで来ている。
色が濃い、アクが強い方が目立ちやすい...ということになれば、山本謙司に出番が来る。津軽出身で南部民謡の歌い手だから、民謡調はお手のもの...と思ったら、志賀大介の詞、新倉武の曲で、今作は演歌系。演歌が民謡調へ傾く風潮へ、一種の逆コースだ。
坂本冬美は色つきの玉ねぎ。どんなタイプの作品で色づけをしても、みんな冬美の歌になってしまう。むいてもむいても...なのだ。今回の色は吉田旺の詞、杉本眞人の曲。杉本メロディーの"口調"が、やや控えめで思ったより静かだが、やっぱり冬美色だ。