2015年8月のマンスリーニュース

2015年9月14日更新


時に、編曲者の美学に耳を傾けよう

 企画の意図を理解、作曲者の思いも汲んで、作品を飾り、特色を鮮明にするのが編曲者の仕事。例えば、前田俊明は『夕陽燦燦』で情が優しげ、若草恵は『麗人草』をドラマチックに仕立て、矢野立美の『夜桜哀歌』はスリリング。『七尾しぐれ』の蔦将包はメロディアスに艶っぽく『港しぐれ』の丸山雅仁はオーソドックス。『冬の月』と『アドロ...』の伊戸のりおは何でも来いの多才、『どうせ捨て猫』の川村栄二は歌声を生かす隙間づくりの名手。それぞれが独自の美学を示して頼もしい。

夕陽燦燦

夕陽燦燦

作詞:たかたかし
作曲:五木ひろし
唄:五木ひろし
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 人が二人、夕焼けに向かって立っている。頭上に舞う赤とんぼの群れ。彼らは来し方の四季を思い返す。子どもたちは旅立っていった。その二人が、女は愛をゆりかごに、男は命を楯にして、長く寄り添った夫婦と、三番の歌詞で合点がいく。
 作詞のたかたかしは明らかに、ヒットを量産した時期を越えた。失礼だがいわば老境、それが熟年の夫婦の感慨を、赤とんぼに託して言葉少なな詞を書く。しあわせ演歌の元祖が、そういう境地に熟成したということか。
 五木ひろしがいい曲を書き、沁みる歌にしている。

七尾しぐれ

七尾しぐれ

作詞:かず翼
作曲:水森英夫
唄:多岐川舞子
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 雪なら払えばすむものを...という、歌い出しの歌詞一行分で、多岐川舞子はそれらしい世界を作れている。声をすぼめ、しならせる語り口が、女主人公の思いの一途さを、最初から表現しているのだ。
 かず翼の詞、水森英夫の曲だが、サビの高音部も歌い回さず、歌い放さず、ていねいに心をこめて語って破綻がない。そういうふうにこの人も熟して、苦手と思えた高音部を克服したのだろう。
 2コーラスの歌い納め、歌の目線が上がって、風景を見せるあたりも、なかなかにいい。

夜桜哀歌

夜桜哀歌

作詞:田久保真見
作曲:浜圭介
唄:山本譲二
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 山本譲二の歌は、頭から巻き舌。道理に合わぬ憂き世を、はすっかいに生きる男の侠気を歌うせいだ。田久保真見の詞8行の、6行分を語らせておいて、最後を啖呵みたいな2行で決めにかかる曲は浜圭介。聴く側の僕はふんふん...と待たされ、おしまいでそうかい!と合点する。3番の歌い納め「夢は男のかがり火よ」は、少々甘くないかねェ?田久保さん。

麗人草(れいじんそう)

麗人草(れいじんそう)

作詞:三浦康照
作曲:小野彩
唄:藤 あや子
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 主人公の女は、道端で咲く花に自分をなぞらえる。命まであげたつもりの男から、どうやらおいてけ堀だ。そんな女のたたずまいを、感情移入薄めに、藤あや子がすっきりと絵にする。本音っぽく生な歌い方になるのは、歌い納め2行という趣向だ。作曲も小野彩の筆名で本人。曲を書きながらこの人は、主人公と歌う自分とをどう見較べているのだろう?

冬の月

冬の月

作詞:仁井谷俊也
作曲:弦哲也
唄:川野夏美
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 女が男に「こころを決めてください」と詰め寄る歌。そこがミソだが、それではその表現を、哀訴にするのか、凄みにするのか?
この人に凄みは無理だろうから、作曲の弦哲也は優しさに仕立てた。前2作でドラマチックな物語性を体得した歌手。こちらはそんな期待が先に立ったが、仁井谷俊也の詞は一人称で言い募るばかり。もうひとつ仕掛けが欲しかったなぁ。

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港しぐれ

作詞:麻こよみ
作曲:岡千秋
唄:井上由美子
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 高めの音域を中心に、井上由美子の歌はシンプルだ。技を使わず策を弄することもなく、女心をひたひたと歌う。麻こよみの詞はおなじみの港町未練もの。岡千秋の曲に導かれて、歌に陰影が出来たのは、歌い納め前「夜が」を3回くり返すあたりか。カラオケ・ファン用の教科書ふうにきちんとした仕上がりだが、欲を言えば女心をゆさぶる味つけが欲しいな。

アドロ~熱愛~

アドロ~熱愛~

作詞:かず翼
作曲:徳久広司
唄:内田あかり
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 ざっくりとした手触りの声、やや投げやりにも聞こえる口調と歌い回し、内田あかりの持ち味に似合うのは、ヨーロッパ風味のこんな曲だろうと徳久広司は考えたのか?
 悪い女なんて思っていなかった、蝶のように夜を華やかに舞ってた...と、かず翼の詞は内田の半生を擬したのか?
それとこれとが表裏一体に聞こえて、ベテランの彼女に似合いの作品が出来上がった。

どうせ捨て猫

どうせ捨て猫

作詞:田久保真見
作曲:徳久広司
唄:ハン・ジナ
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 女心を猫にたとえるのは、よくある手口。しかし「捨てないで、愛していると騙して」と書くあたり、田久保真見の猫は相当にしぶとい。これも曲は徳久広司で"この手でいくか"と狙い定めたムード派だ。ハン・ジナの歌声は肉感的で、捨て猫のよるべなさとは遠い。僕はわが家の猫2匹を眺めながら聴いた。彼女らも出自不詳の元ノラ、海の日を誕生日にしてある。

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