中条議員は『カサブランカ浪漫』をどう捌けるのかな?

2022年12月3日更新


殻を打ち破れ249回


 或る日突然、赤トンボの群れが現われる。まるで湧いて来た勢いで、マンション5階に住む僕の、眼の前まで舞い上がる。海辺の町への秋の知らせだ。10月2日、対岸の箱根や伊豆半島の稜線を染めて、陽が沈む。中央に影絵の富士山がクッキリ、上手の江の島燈台の光りが回りはじめ、下手の伊豆大島方向には、淡い黄色の月が出た。五日月くらいの太り方で、富士の左上あたりに出来た飛行機雲が、夕陽色に変わる――。

 そんな風景を眺めながら、僕は≪さて、電話を一本かけなければ…≫と、自分のお尻を叩く。ベランダでぼんやりしていると、思い立った事と体の動きの間に少しだが時間差が生まれる。さっさと行動に移らないのは、景観のせいか、年齢のせいか。

 「それがさ、レコーディングのスタジオで、実は…と打ち明けられてさ…」

 歌手中条きよしが7月の参議院選に出馬することを、作詞家星川裕二は突然そう知ったと電話口で話した。彼が詞を書き、杉本眞人が曲を書いた『カサブランカ浪漫』がかなりいい仕上がりなのだが、しかし代議士先生になった中条が、この作品をどう歌っていけるのかが気になる。CDは9月7日に出た。

 ♪雨に濡れてる 白いカサブランカ 気高く清らな 君と重なる…

 と、歌の主人公は別れた人をしのぶ。幸せな日々を夢見て相思相愛だったから、

 ♪冬の木枯らし 吹き荒れた夜でも 肌寄せ合って 夜明けに溶けた…

 という。僕はこの「溶けた」を珍重する。歌謡曲によく出てくるシーンだが、おおむね表現は下世話で、ここまできれいに婉曲なケースは初めてだ。相手が「気高く清らな君」であることとの対比だろうが、なかなかの美意識と言っていい。星川は杉本と組んで『吾亦紅』などいい歌を沢山作った松下章一プロデューサーのペンネーム。もともと星野哲郎門下の作詞家が、制作者になって一時代を作った。無類の酒好きで好人物。仕事に品があるのは師匠譲りか?

 中条の歌がまたいいのだ。杉本が書くメロディーには、本人の“口調”に似た強い個性がある。ぶっきらぼうに聞える表現だが、陰に繊細な思いがあり、情が濃い。彼の曲を貰った歌手の多くは、デモテープの杉本節の影響からどう離れ、どう自分流を作り出せるかに苦心する。これがなかなかの大仕事で、だから僕は杉本に、

 「お前さんが書いた曲を、一番うまく歌えるのはお前さん本人だな」

 と、笑ったりする。その厄介なハードルを、中条はうまい具合いにクリアした。おなじみの細めの声をしならせて、独自のフレージングを作り、思いのたけに熱がこもるのは、年の功か、作品がよほど気に入ってのことか?

 中条と僕は昨年の4月21日「武田鉄矢の昭和は輝いていた」のビデオ撮りで、テレビ東京のスタジオで久々に会っていた。彼が『うそ』をヒットさせたのは昭和49年だから47年前。そのころ少したっぷりめの話をしたが、以後そんな機会はほとんどなかった。第一僕はスポーツニッポン新聞社を卒業してもう22年にもなる。≪覚えちゃいないだろうな≫とたたらを踏んでいたら、先方が

 「どうも、お久しぶりです」

 とにこやかに現われた。お互い年を取ったと世間話をしたが、その人ざわりの良さにその後の彼の仕事ぶりと自信を感じ、そこから生まれたろう好感度に感じ入ったものだ。

 新米政治家のスケジュールと人気者の芸能活動どう折り合いをつけられるのかは、僕には判らない。しかし、せっかくのいい歌である。『カサブランカ浪漫』がその間に埋没して“幻の秀作”にならぬよう、祈るような気持ちになっている。