『鹿部コキコキ節』が生まれた夏

2010年9月27日更新


殻を打ち破れ 第105回


 言ってみればプライベート・ソング、一点もののマイソングだろうが、その人のためだけの歌というのが、稀にある。持ち主にはこんな嬉しいものはなかろうが、北海道・鹿部の道場登氏もその一人。この夏古稀を迎えたお祝いに『鹿部コキコキ節』をプレゼントされた。作詞星野哲郎、作曲と歌が岡千秋で伊戸のりおが編曲、私家版CDに収められた豪華版だ。
♪ゴリラ寝ている駒ヶ岳 鴎すいすい噴火湾…
 というのが鹿部のロケーション。北海道にゴリラが住むはずもなく、その横顔みたいな稜線の山を背負う漁師町で、前面に広がる噴火湾は、昆布や帆立の養殖も盛んだ。函館から川汲峠を越え、湾岸沿いに小一時間北上したあたりにあって、人口約5千人…。
♪ねじり鉢巻たらこの親父 グルメ泣かせてこりゃまた70年…
 と歌われている道場氏は、この町の道場水産の社長。たらこ、明太子、いくらに帆立…の鮮度と味が滅法よくて、“たらこの親父”はその異名だ。もう一つ本人が名乗るのが、星野哲郎北海道後援会会長。星野の仕事と人柄にべた惚れで「めんこい人だなァ」が口癖である。
 毎年夏に星野はこの町を訪ね、定置網を引き、漁師たちとゴルフや酒に興じて、もうとうに20年を過ぎた。そんな交歓の中で彼は“海の詩人”のおさらいをする。瀬戸内海の周防大島で生まれ、若いころ船乗りだった星野が“第二のふるさと”と呼ぶのがここ。陽灼け潮灼けの笑顔に深いシワを刻み、少年みたいな眼を輝やかす道場氏に、星野もまたぞっこんなのだ。
 しかし星野は加齢による体調不良で、ここ2、3年は鹿部にご無沙汰。代わりに以前から助さん格さんふうにお供をして来た岡千秋、里村龍一と僕が、名代を勤めている。今年も7月21日から23日までの2泊3日、釣りをやりゴルフ・コンペに出場、ご町内ふうカラオケ大会の審査でしゃれのめし、日ごと夜ごとにとれとれの海の幸とうまい酒、土地の人情を堪能した。
 『鹿部コキコキ節』は、そんな宴の終盤にサプライズで登場した。カラオケ大会の閉会の辞にかかる司会者からマイクを強奪「古稀祝い」を宣言する東京勢。里村がお得意の日本むかしばなし・残酷編で受けたあとに乾杯の音頭をとる。一体何が始まるのか、完全に意表を衝かれた善男善女の前で、岡のあの声が『鹿部コキコキ節』を張りあげた。
♪ボスはあんただ たらこの親父 シワに年輪 こりゃまた70年…
 音頭ものの乗りの良さに大喜びした道場氏は、尚子夫人と踊り出し、シャイな長男は大いにテレ、純な次男は感激のあまり泣き出す一夜になった。
 それもこれも、海の詩人星野と北の漁師たちの長く深い交情があってこその出来事。集まった人々みんなが、人の縁の嬉しい不思議に胸を熱くした。『鹿部コキコキ節』は道場氏の人徳をにじませながら、きっと長くこの町だけで歌われ続けることになるだろう。

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