四方~岡、永井裕子11年目の継投策

2011年1月31日更新


殻を打ち破れ 第109回

 「作詞家勢揃いじゃない。ずいぶんぜいたくな歌づくりをやったもんですね」
 永井裕子の『ベストセレクション2010』を聞いての、喜多條忠の感想である。
 「だからさ、その次をあんたに頼むの。ひとつ気合いを入れて書いてみてよ」
 と、僕が彼をそそのかす。銀座の行きつけの飲み屋で、二人ともリラックスしているが、これでも新作の依頼だ。
 「声の芯が太くて、なかなかの歌手だよね。ズサッと、聞き手に迫れるタイプだ」
 「うーん、憂い声ってやつかな。声があらかじめ哀調を帯びてるから、派手めな曲でもどこかにいじらしさが残る」
 これは岡千秋との会話である。今度は麻布の行きつけの飲み屋。他の連中とワイワイ言っているところへ、彼が追いついて来た。近ごろ大阪住まいで、上京すると幾つもの仕事をまとめてこなす日々だ。
 「体調に気をつけないと。行ったり来たりは結構大変だろ?」
 「うん、やっぱり少しは疲れるよ…」
 気さくな口調だが、これも永井のための新曲依頼である。
 真剣味に欠ける!などとは思わないで頂きたい。喜多條も岡も、彼らのデビュー前後からのつき合いである。飯も食い、酒も飲み、歌づくりもやって、幾つものヤマを一緒に踏んだいわば仲間うち。お互いの真意は十分に通じる。本音のやりとりなのだ。
 永井の『玄海恋太鼓』は、こんな話し合いをきっかけに出来上がった。喜多條と歌詞についてのすり合わせが何度か。岡がつけたA・B、2タイプの曲の選択と手直しが何箇所か。歌ひとつ生まれるための過程は、打ち合わせよりは相当にシビアだ。
 「継投策ねぇ、俺が二番手で光栄だ」
 岡が言うのは、永井の作曲者の交代について。この10年余、永井の曲は四方章人が一手に引き受けて来た。この娘の才能を見出し、何年もかけて育て、佐賀から呼び出してデビューに持ち込んだのが彼。僕らはその愛情と努力に敬意を表し、四方の力量に期待した。デビュー曲『愛のさくら記念日』から最新作『はぐれ雲』まで、四方は実に多彩なメロディーを書いた、いわば同志だ。
 その代わり、作詞家は一作ごとに替えた。冒頭の喜多條の発言がそれを指すが、阿久悠、吉岡治、木下龍太郎と、すでに鬼籍に入った人も含めて、池田充男、たかたかし、ちあき哲也、水木れいじ、坂口照幸、上田紅葉と多士済々。それぞれが全力投球したから、永井の大きな財産になっている。
 その四方がバトンタッチを快諾したのは
 「10年一区切りで、裕子に新展開を…」
 という当初の約束があってのこと。
 「歌う前からドキドキワクワクです」
 と、眼をくりくりさせる永井は、1月発売のこの作品で、いい新年を迎えることになりそうだ。
 

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