ヤケに鳥羽に似合う歌が出来たぞ!

2011年4月25日更新


殻を打ち破れ112回

 ♪こんな俺を 信じてくれたお前 命ぐらい 安いもんだろ…
 鳥羽一郎がバサッと歌い切るから、聴いたこちらはドキッとした。
 ≪おい待てよ 命がなんだって? 安いもんなんて、何て言い草だよ…≫
『マルセイユの雨』という新曲である。それにしても、滅多に書けるフレーズではない。作詞家は誰? 尋ねた僕に「田久保真見です」という答えが返る。
 ≪へぇ、彼女か…。なかなかにやるじゃないか!≫
 僕は田久保のおっとりした笑顔と、アニメの声優みたいな声音を思い浮かべた。
 洋風な道行きソングである。船は港を8時に出る。遠くの町へ逃げて、二人でやり直そうと約束した男女がいる。信じた女は待つだろうが、男にはもう一つ、修羅場の仕事があった。その辺の心境を、
♪踊るお前 まぶたに浮かべながら 最期ぐらい 派手に終ろう…
 と語る。歌詞カードで確認して判るのだが「最後」ではなくて「最期」――男はそんな覚悟でどこかへ行くのだ。
♪マルセイユに今夜 赤い雨が降る…
 フランスの港町に降るのは、どうやら血の雨である。何がもつれて、どんな行きがかりがあったかは判らないが、いざこざに女がからんでるのは確かだろう。そうじゃないと男が言う「命ぐらい安いもんだろ」のセリフが生きて来ない――。
 作曲は船村徹である。詞を読んで、さらにもう一度すっと読み返して
 「いいじゃないか、うん…」
 そんな一言でもあったろう光景が、目に浮かぶ。このところ歌謡界は、判で押したか少しずれたか…の不倫歌ばかり。それに較べればアイデアがある。言い切れてはいないがドラマの奥行きがある。その言い切れなさはメロディーと歌で埋めよう。そんな遊びごころが、船村を“その気”にさせたかも知れない。
 僕がこの歌を初めて聞いたのは、2月17日に赤坂のホテルで開かれた、船村同門会のディナーショーでのこと。北島三郎をはじめとする船村の弟子たちが揃って、自慢のノドを披露した。鳥羽はこの会の会長で、率先垂範のステージだった。
 「エクアドルに小さな島があってさ、そこで作ってるのがパナマ帽なんだよ。あれはパナマで出来たもんじゃないんだ」
 司会の荒木おさむ相手に、元船乗りの鳥羽の話が突然飛躍した。師匠の船村の前で歌うことに少々テレてのことか。そう言えば以前は、鳥羽が眼をそらしたまま歌い、船村が渋面を作るシーンがしばしばあった。双方、やたらにテレたのだ。それが今回は、たっぷりめの船村メロディーを鳥羽がゆったりと、詠嘆の揺れ方も加えて歌った。そのまん前の主賓の席で、船村もうんうんと肯きながら聴いた。
 余談だがこの曲のカップリングは『喧嘩祭りの日に』で、やはり船村作品。喧嘩祭りの日に喧嘩をして、飛び出したっきりの不肖の息子が、母が届けた熟(なれ)鮨にしんみりし、雪の日に船を出す漁師の親父を思ったりする。こちらはもず唱平のなかなかの詞で、2曲とも昨今の流行歌の“ありきたり”を超えようとする意欲が嬉しい。

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