70代でいい作品を得た奇跡 !?

2012年4月3日更新


殻を打ち破れ123回

 ひょこひょこひょこと、はずむ足どりで島倉千代子が登場する。もう何十年も、見なれた彼女らしさだ。しかしこの日は、ステージが風がわりだった。東京・北品川「大富鮨」の広間。宴会の客よろしく、僕らはすでに用意された酒をチビリチビリとやる。1月27日夕、少し遅めの新年会みたいだ。

 新曲『愛するあなたへの手紙』の発表懇親会である。この町は島倉が生まれ育ったところで、この店は子供のころからのおなじみだという。そんな懐かしい場所に、ごく親しいマスコミや関係者を招いて…というのが島倉の心づくし。だから彼女は最初から浮き浮きと『人生いろいろ』を歌い、新曲を披露した。

 「だって、CD出すのは2年ぶりなんですもの」

 おしゃべりも前のめりだ。司会金子ひとみの段取りを、ちょくちょく飛び越す。そのうえに「あら?」と反省もする仕草がつく。嬉しいことはもう一つ、新曲を作詞、作曲した都若丸の登場だ。大衆演劇の若い座長でシンガーソングライター。彼が2才の時に共演して以後長いつき合いが続き、この作品は彼女の70才の誕生日のプレゼントだった。だから…、

♪身体を壊していませんか 自然に笑顔でいられますか(中略)友達はたくさんできますか 本音で話をしていますか…

 と問いかける歌詞は、いたわりと思いやりに満ちている。これはそのまま、都の島倉に対する思いだろう。それから3年後の今、彼女の歌でそれは、島倉から大勢の“みんな”への思いにふくらんだ。こんな時代だからなおさら、すうっと僕の胸へもまっすぐに届く。

 1月に10日ほど、僕は海外に出ていた。その間に何度か、友人大木舜からの留守電やファックス。彼はこの作品の制作者で、島倉の相談相手である。用件は懇親会で一言しゃべり、乾杯の音頭をとること。駆けつけた僕に彼女は、

 「ああ、やっとつかまった…」

 と、ヤレヤレ…の表情をした。

 「いい歌が出来てよかった。あなたはひばりさん亡きあとの、老舗コロムビアの大看板です。一日々々、ひと月々々を大事に、歌い続けて下さい」

 と、要旨そんなあいさつをしたのは、僕の本音だった。メロディーも穏やかで暖かく、歌うように語るように…の彼女の歌が、73才の彼女を自然体に生かしている。

 加齢による変化は、人間誰にでもあることだが、歌い手にとっては時に残酷である。大ヒットを多く持てば、ファンはそれを往時の若さや艶や弾み方で聞こうとする。歌手も心得ているから、そのころの魅力を何とか維持しようと懸命になる。そんな一途な努力に、影を落とすのが年月という奴だ。

 あるがままの生き方が、幸せに近い…のだ。ベテランの歌にはベテランらしい味やコク、それなりの年輪が生きてこそいいはずだ。島倉はそんな境地を、この作品で得たのではないか?

 僕はほろ酔いで、ずっと前から書き続けるフレーズを、ふっと思い出した。

 「美空ひばりは最初からおとな、島倉千代子は最後まで少女」――。

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