やるじゃないか!婿どの...

2012年11月29日更新


殻を打ち破れ130回

 ディディデン…と、前奏のド頭から爪弾きのギターである。

 ≪おっ、来た!来た!≫

 と、聴いている僕は、即座に“その気”になる。このテの歌には、歌謡少年だった昔からの血が騒ぐのだ。

 ♪惚れたおまえの 涙のような 路地の屋台の こぬか雨…

 思った通りの歌い出しの詞が2行。

 ≪ふむ≫

 と、腕を組む気分になるのは“あのころ”の感慨が、すうっと胸に入り込むせいだ。北山たけしの『雨の裏町』は、作詞が仁井谷俊也、作曲が弦哲也、編曲が前田俊明――。

 僕は昭和30年代にタイムスリップする。あのころの、歌手春日八郎・作曲吉田矢健治コンビの匂いを嗅ぐ。傑作の『雨降る街角』をはじめ『ギター流し』『街の燈台』『街の霧笛』なんてヒット曲が、次々に思い浮かぶ。中学から高校時代にかけて、脳裡に刷り込まれた世界。きっちりし過ぎるくらいに、メリハリの利いたメロディー、裏町の男心の詞が生む哀愁、そして何よりも、声高に歌い放てるノリの気分の良さ…。

 その辺を狙ってか、詞も曲も定石どおり。タイトルさえあのころふうで、何のてらいもない。

 ≪やるねぇ、弦ちゃん…≫

 感想が友人の歌書きの笑顔に移る。春日には『トチチリ流し』というヒット曲があって、作詞が藤間哲郎。間に作曲家大沢浄二をはさんで、弦はこの人の孫弟子に当たる。僕よりはひと回りほど年下だが、弦はあのころの流行歌を、肌身に感じて身につけたはずだ。

 ≪ふむ≫

 が、もう一度出てくる。往時と似たような枠組の作品だが、よく聞けばタッチが違う。細部が違う。テンポも違う。つまり作家たちは、あのころの魅力を巧みに、今日に移し替えているのだ。温故知新、そんな精神が曲のすみずみにある。

 春日八郎がこれを歌えば、高音部がスコーンと抜けて、陽性の仕上がりになったろう。そこを北山は、しっとりめの艶のある声で、彼流に仕立てた。情感の湿度が高め、5行詞の真ん中の歌詞1行分で、しっかり声を張り、しゃくるように歌を揺するあたりに、その色が濃い。それやこれやが、昭和タイプのこの歌を、平成のおいしさに組み立て直している。

 北山は前作の『流星カシオペア』で、いい味を出した。ポップス寄りの歌謡曲だから、今どきの若者の地金をあらわに出来たろう。その自信が『男の裏町』で、彼の歌を吹っ切れさせたかも知れない。デビュー以後何作かの青春の心意気ソングは、長い演歌修行で身についた老成ぶりと、そぐわないところがあった。

 それもこれも結局は、この世界での彼のキャリアを作った。そのうえで、ここまで来たからこそ、この作品をこの味で歌い切れたのかも知れない。

 ≪やるじゃないか、なかなかに…≫

 僕はこの作品に悪乗りして、北島三郎家の婿どの成果を吹聴している。北山たけしはこの作品でめでたく一本立ち、彼ならではの世界が作れたと思っている。

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