北の温泉町で『酒のやど』が沁みた!

2013年3月2日更新


殻を打ち破れ131回

 親愛の情をこめて「和尚!」と呼びならわす快人物がいる。山形・天童市の名刹の住職・矢吹海慶氏。地元の有力者で「佐藤千夜子杯歌謡祭」を取り仕切るが、博覧強記、酔余の雑談が滅法楽しい。時に「酒と女は2ゴウまで」などと、生ぐささもほどほどの粋人だが、それが、
「今年、生まれて初めて80才になったので、カラオケ教室に入門した」
と笑った。お得意が『酒のやど』である。
10年来の親交は、歌謡祭の審査を頼まれて始まった。毎年11月にやるカラオケ大会で、東北の歌好きが集まる。地元の熟女たちがスタッフとして奮闘する手づくりのイベントで、その一生懸命さが貴い。今年も大会前夜に現地入り、温泉と酒宴のあとがカラオケになった。ゲストの永井みゆき、山﨑悌史、秋吉真実らも、商売抜きでマイクを握る。要するにみんな好きなのだ。
♪さすらいの さすらいの 酒をのむ。こぼれ灯の こぼれ灯の 酒のやど…
和尚の歌がサビあたり気分よく盛り上がるのに、僕は「ン?」になった。舌がんを患って、そのリハビリも兼ねると聞いたが、話す時より言語明瞭。言うところの「下手うま」で、声や節に頼ることなく、歌のココロを一途に語る。人間味が歌の情を濃いめにしているが、何よりもきわ立つのは選曲の妙か。
「池田充男の詞か、すうっとすっきり、独特の愛惜感がさすがだねえ」
と、僕は同席した友人と業界話を始める。相手はテイチクの千賀泰洋と元ビクターで今はオフィストゥーワンに居る朝倉隆だから、相手に不足はない。
「ところで、作曲の森山慎也ってどんな人?」
なじみのない名前の主が、元JCM社長の為岡武氏と聞いてびっくりした。ミュージシャン出身とは知っていたが、一時コミックバンドにいて「あら、いやだ!」とシナを作るのが受けたものだと、友人二人は嬉しそうに話す。温泉町のカラオケ・スナックで聞く、知人の噂である。このところすっかりご無沙汰していたが、そうか、あの人はこんなふうに頑張っているのか!
『酒のやど』は7行詞3コーラスだが、前半の4行で歌がひとつ、後半の3行でもうひとつ、別の歌が聞けるような構成。たまたまめぐり会った男女のオハナシが前半4行できっちり描かれ、後半の3行で雪が舞い、汽笛が聞える宿の情景が絵になる。泊まって行って…とうつむく女、ゆらりと崩れる男の酔いごころと、情事の前兆も乙なもんで品が良い。 池田の仕事の中でも、近ごろ出色!だが、両両相まってなかなかなのは森山のメロディー。1曲で二度おいしい贅沢さを、巧みに書き切ってゆるみたるみがない。ゆったりしみじみ二つの情趣が、水彩画みたいに並んだ見栄えのよさと聞き応えが、なんとも言えない!
僕の天童市のお気に入りは、芋煮とせいさい漬けとつや姫という米の美味。それに今年は『酒のやど』再確認が加わった。香西かおりのデビュー25周年記念曲。年末にはレコード大賞候補の10曲にも選ばれて「さもありなん!」と、僕は大いに気をよくしている。

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