吉岡・岡林作品が照射するもの

2013年8月12日更新


殻を打ち破れ135回

 ≪友あり、遠方より来たる!≫

の感があって、ワクワクした。岡林信康から新しいアルバム『アナザー・サイド・オブ・オカバヤシ』が届いてのこと。収められた13曲が全部吉岡治の作詞で、ちょうど5月17日が、彼の3回めの命日だった時期にも重なった。僕はフォーク全盛の1970年前後から岡林の世界に傾倒し、親交の長かった吉岡は、乞われて葬儀委員長として見送った仲――。

ゆっくり聴ける時間を作って、岡林のCDと向き合う。『銀座エクスプレス』は歯切れのいいラテン系。『バイバイブルース』や『北酒場』は気分よくスイングして『紫陽花情話』『望郷渡り鳥』『憂忌世節』などは岡林流演歌。『京の覚え唄』は古都絵巻で女の嘆きを包み込んだ風情で、

≪いいじゃないか!≫

僕は一人で乾杯したい気分になった。

二人のつき合いは40年ほど前にさかのぼる。吉岡がこれらの詞を岡林に届けたのは、当初の二年たらずだったという。『真赤な太陽』を岩谷時子の代打で大ヒットさせた後『真夜中のギター』『八月の濡れた砂』ほかを散発、吉岡が長いスランプに陥った時期に合致する。

「真剣に転職を考え、妻の実家の関係である大阪のダンボール会社に、なかば就職が決まっていたほど…」

と、後に本人が書くほど、歌書きがはまった迷路は深く暗かったようだ。

それを岡林はCDのライナーノートで、

「作詞家になり切れない詩人の迷いだったろう」

と書く。サトウハチローの門下生としての、詩人のプライドがそうさせたのか?とも。

♪闇の中こぼれ落ちた日々を 拾うようなレールの響き…(銀座エキスプレス)

♪白茶けた街はジグソーパズルのよう ばらまいた夢の迷い子たちばかり…(僕のベッドへおいで)

♪殻を背負ってるまいまいつんぶり 千夜待っても来ない人(京の覚え唄)

などのフレーズが、今回のCDにもちりばめられている。吉岡はそんな迷いや未練の時期を『大阪しぐれ』のヒットを機に振り切った。『大衆歌謡の娯楽性』がはっきり見えて来て、以後は『さざんかの宿』『命くれない』『天城越え』などミリオン・ヒットの連発。長いトンネルを抜けたのだ。

吉岡の低迷期は、フォークソングの全盛期と重なる。学園紛争や70年安保闘争が背景にあり、岡林たちシンガーソングライターは、己の信条、生きざまを歌で訴えた。吉岡はそんな生々しい本音の世界と、絵空事の歌謡曲との落差を見つめていたのかも知れない。しかし――。

「少々文学的であり過ぎ、難しいのではないか」

と岡林が振り返るこの作品群こそ、今あらまほしき流行歌を示している。昨今の歌謡曲の多くは、安直な娯楽性によりかかり過ぎ「詩のココロ」を見失って久しいのだ。そういう意味でこのアルバムは、決して吉岡のアナザー・サイドではない。同時に依然としてみずみずしさを失わないボーカリスト岡林にとっても、この作品集はやはりアナザーサイドではない気がするのだが、どんなもんだろう?

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