殻を打ち破れ137回
≪星野哲郎もびっくりするだろう。市川昭介は"やるもんですねぇ"と笑うかも知れない≫
異様に暑い夏の一日、亡くなってずいぶんの月日が経つ巨匠2人の顔を突然思い浮かべた。MIZMOと名乗る娘たちのアルバムで『アンコ椿は恋の花』を聞いてのこと。若々しいコーラス仕立てで、キャッチフレーズが「3D ENKA」である。なにしろ、
♪船が行く行く 波浮港...
なんてあたりは、上・中・下と三人の声がハモり、揺れて重なり、また離れて...の趣き。伊豆大島へ向かう船が、海原に三隻横一列の編隊を組んだみたいだ。
「女の子たちで三声コーラスやってみました。サンセイですよ。聞いてみて下さい」
作詩家協会のパーティーで、作曲家水森英夫から声をかけられた。そこここに知り合いがいて、目顔であいさつを続けていたところだから、その時僕はピンと来なかった。
「サンセイ? 何の話だろう? 一体...」
要領を得ないまま別れたが、MIZMOのファーストアルバムに出っくわして、ビビッと来た。女の子3人の声でコーラスをやる三声か。それにしても...と、曲目表を見てもう一度驚いた。『赤いランプの終列車』『下町育ち』『お月さん今晩は』...。洋風なコーラスとはほど遠いイメージの、懐かしいヒット曲ばかりではないか!
≪そうか、水森流の挑戦が今度は、昭和歌謡へ新しいアプローチか!≫
また別の顔が浮かんだ。作曲家でプロデューサーのむつひろし。こちらも七年ほど前に亡くなったが、生前友だちづき合いをした人で『昭和枯れすすき』の作曲者兼制作者。泥くさい演歌のさくらと一郎に、意表を衝いたハモらせ方で歌社会をアッと言わせた。単なる思いつきではなかった。キングトーンズの『グッドナイト・ベイビー』をやっているし、町田義人が歌った『裏町マリア』では、
♪いつくしみ深き 友なるイエスは...
でおなじみの讃美歌312番の演奏に、全然別の歌謡曲を作って重ね、ハモらせた冒険があった。
水森が育てるMIZMOのメンバーは、東京都出身のNAOに福岡県出身のKAYOとMIKIで、血液型はO、A、Aである。ジャケット写真は、白いブラウスに紺のジャケット、笑顔がなかなかの三人娘だ。このトリオのお楽しみは、三声のハモり方と、このビジュアルでのパフォーマンスなのだろう。艶やかな花びらが3枚、パッと開き、ウーファーとうねり、追っかけたり重なったりしてこそ、3D ENKAではないか!
三人組のオリジナルは『帯屋町ブルース』で、麻こよみの作詞、水森の作曲。乗りのいいムード歌謡の若者版を作ったあたり、この企画、ちゃんとヒットチャートも狙っている。前面に出ているのは水森らしい音楽的な挑戦。その陰に昭和歌謡を、新しく楽しいタッチで再生産する野心も透けて見える。
水森、着々の仕事ぶりである。三人娘はいずれも、彼が各地でオーディションをやり、選び出し、育てた。若い才能の発掘と投資が彼流で、僕は脱帽したくなる。
