殻を打ち破れ148回
「一度ナマを見ておいて下さいよ。チケット完売だけど、席は用意します」
キングのプロデューサー古川健仁からの誘いに「そりゃ大変だ!」と出かけた。6月26日午後の浅草公会堂。福田こうへいのコンサートだが、午前の部も含めて、なるほど大変な盛況。今が旬の勢いを絵に書いたような雰囲気だ。
アカペラの民謡『牛追い』を皮切りに、福田はガンガン行く。昭和歌謡四天王と名づけて、春日八郎の『長崎の女』村田英雄の『夫婦春秋』三波春夫の『大利根無情』に三橋美智也は『おんな船頭唄』『リンゴ村から』『達者でナ』などのメドレー。全部東北訛りの福田流歌唱だが、晴れ晴れすっきりの高音が心地いい。ことに歌詞のうちのア行部分のぬけが、のびやかで明るい。
そうか、とことん美声と巧みな節回しを聞かせるタイプか!と合点したら、千昌夫メドレーで声の色を変えた。息をまぜる気配で『望郷酒場』から『津軽平野』までに"しっとり感"が加わる。声の当てどころが多様で、仮りにきっぱりめを「表」、しっとりめを「中」とする。それを高音と中音、低音で使い分ければ、3×2=6で、微妙な変化が6種類の勘定。恐らく本人にはそんな意識はないだろうが、長い年月、民謡を歌い込んで身につけた技と思える。
昨年『南部蝉しぐれ』でブレークして、
「まだ1年7ヵ月の新人...」>
と福田は言うが、ステージ慣れとトークもなかなかのもの。父方のばあちゃん、母方のばあちゃんをネタにして、ローカル・エピソードが客席の笑いを取る。発情した牛の鳴き声をやった時は、僕もつられて爆笑した。
≪何と言っても、歌い手最高の武器は、やっぱり声だなぁ≫
と、僕は改めて感じ入る。カラオケ大会でスカウトした歌手にも、時にいい声の持ち主はいるが、残念ながらそれを徹底的に訓練する時間は持てない。若さが売りと考えれば、レコーディングスタジオであの手この手で声と節を整え、まとめる作業が先に立つ。ところが福田は、父親譲りの美質を持ち、父に反抗したり見返そうとしたりの、やんちゃで長い訓練の時間も持った。その間のあれこれが、人をそらさぬサービス精神とネタになってもいる。言ってみれば生い立ちと環境が育てた芸。なるほど古川が聞かせたがるはずだ。
すっかりいい気分になって、終演後に作曲家四方章人と一杯やった。『南部蝉しぐれ』に続き『峠越え』も好調で、会場でもファンから声がかかるくらい有卦に入っている。そう言えば日吉ミミの『男と女のお話』で出会った作詞家久仁京介とは、断続的にもう40年を越えるつき合い。それが福田ブレークの勢いもあってか、作詩家協会の新体制で副会長に就任したから、ご同慶のいたりだ。
蛇足をつけ加える。声量を誇る歌手がおちいりやすい欠点なのだが、福田もコンサート終盤、歌詞が流れがちになった。唇に緊張感がなくなるせいで、そこをちょっと意識しさえすれば、言葉がきっぱり粒立って生きるものだから、あえて一言――。