殻を打ち破れ149回
猛暑、酷暑、烈暑...なんて字を並べてみる。日本の季節はどうかなっちまったみたいで、まるで亜熱帯の日々。暑いだけではなく、各地に大雨の被害が続出、死者まで出ているのだからこの年で、生き延びている分だけ有難いと思うしかないか。
そんな深夜、新着のCDを聞く。日野美歌の『あなたと生きたい』で、作、編曲欄に若草恵の名がある。このところ体調不良が続いて、歌社会のゴルフ・コンペにも居ず、たまに会えば、
「大丈夫です。もう大分よくなった...」
と、優しげな笑顔を作る奴だ。その割に仕事の数は多くて、おりるにおりられないのか、それともむきになって仂いているのか...。
『あなたと生きたい』は、歌凛のペンネームで日野が詞を書いた。いつも親身にそばにいてくれる男が、ふと気づけば最愛の人だった...と、女が一途に語る一人称ソング。よくある話の歌凛版で、女性の聞き手には思い当たる節がありそうな内容だ。それに若草が曲をつけ、編曲もやった。ピアノのソロでスタート、次第に音が厚くなって行くイントロから、
≪いかにも!あいつらしいや...≫
と僕はニヤニヤする。
温くしっとりめの日野の歌声もリラックスしていて、すうっと引き込まれ、やがてそれなりの高揚を示す穏やかなドラマ性。いかにも日野、いかにも若草の世界だと合点がいく。こういう作品もCDにして世に出すころあいに、やっと歌社会がたどりついたことになるのか、何をやっても売れないから...と、こういう作品にも出番が回って来たことになるのか、いずれにしろご同慶のいたりではある。
「曲も書きなよ、才能があるんだから...」
と、若草のお尻を叩いたことがある。そうしたら突然、天童よしみでヒットしたから驚いたが、もともと中山大三郎の弟子だから、演歌もOKのはずと鵜呑みにした。しかし、今作のタイプの方が彼らしいと、僕は安堵する。なだらかな歌い出しの歌詞4行分のメロディーとその繰り返しに、僕はふと三木たかしの顔を思い出した。哀愁の色さっとひと刷毛のタッチが、相通じて聞こえたせいか。
日野は『氷雨』のヒットを持つが30年以上前のことだから、一般のファンには"あの人は今..."的存在だろう。それがこの夏は、新沼謙治と『男と女のラブゲーム』をまた歌い、松平健と『ドスコイ人生』を出すなど、にわかに出番に恵まれている。実はこれまでも、自分の事務所やレーベルを持ち、コンサート活動もコツコツ、地道な活動を続けていた。大分前になるが、天現寺あたりのライブハウスでナマ美歌を聞いた体験がある。ヨコハマおばさんふうぶっちゃけトークと、味のある歌のバランスが絶妙だった。
『あなたと生きたい』のカップリングは、その夜にも聞いた『桜が咲いた』で、こちらは歌凛の詞に馬飼野康二の作・編曲。そう言えば"一発屋"の彼女に、マイペース"味な歌手"への道をすすめたのも、馬飼野だと聞いた。それやこれやを思い返しながら、クソ暑い夏の深夜に、
♪人ひらひら 煌めいてる 人ひらひら 命が咲く...
という、桜の歌を聞くのもまた、乙な気分ではあった。