たまらんね、池田充男の艶と技

2014年10月31日更新


殻を打ち破れ150回

 「いいのが出来たよ。船村(徹)先生なの」

 パーティーの出会い頭で、作詞家の池田充男が相好を崩す。大月みやこの新曲らしい。僕はその場でキングレコードの幹部をつかまえ、

 「聞かせてよ、早く。テスト盤を自宅へ。な!」

 と、段取りをつける。日ならずして届くのが『霧笛の宿』だ。

 <<ほほう...>>

 と、僕は合点する。まず船村メロディーで

 ♪霧笛がしみます 雪の夜...

 歌い出しの歌詞1行分だけで、船村作品と判る独特の譜割り。この人のオリジナリティーは、何十年聞き続けても、ハッとさせる凄さがある。それに対して池田の詞は、一見さしたる技は感じさせない。ところがその辺がこの人の曲者らしさで、平易、簡潔な表現だが、きちんと池田流の手が加えてある。

 霧多布の小さな宿が舞台。そこでたまたま出会った男と女のお話だから、設定そのものもよくあるパターン。その女の夢も現(うつつ)もの心情が語られるのだが、

 ♪泣けて名残りの 情を契る...

 と、しっかり「な」で始まる言葉を三つ重ねてある。重ね言葉の妙、歌ってみると判るのだが、「な」は感情移入をしやすい響きで、何とも快いのだ。

 近ごろ演歌・歌謡曲は、テレビの都合で2コーラス処理が当たり前、だから二番の詞は無用の長物化して、作詞者もそこはさらりと流す。僕に言わせればとんでもない手抜きだが、昔気質の池田はそうはしない。霧多布の出会いと別れで一番と三番を書くが、二番ではちゃんと、女主人公が襟裳から来たことが明示される。拗ねた心の女に酒をついだのは、同じ翳ある男...と魅かれ合う意味まで書き込んである。

 船村の曲、池田の詞と、これはちょいとした名勝負。双方八十才を越えても、歌ごころを寄せ合って、その若々しさとみずみずしさは驚嘆に値しよう。

 「船村先生に会うんでね。緊張して髭を剃ったら、切っちゃった」

 別のところで会ったら、また出会い頭の一言で、池田は苦笑いした。今度は増位山太志郎に書いた『冬子のブルース』の発表会。

 ≪どれどれ...≫

 と、注意深く聞いたら、こちらは少々技を使った気配で、僕はニヤニヤする。

 ♪ほんとの名前は知らないが 俺が愛した二百日...

 別れた女をしのぶ男心ソングだが、実生活ではおよそあり得そうもないそんな事実!?を、さらりと増位山に歌わせてしまう。はやり歌は絵空事、かたいことを言うつもりはない。僕がこの歌のこの個所で聞いたのは、おとなのおとぎ話の艶っぽさだ。

 曲は弦哲也に変わっていて、これも減法渋いムード歌謡。彼の代表作の一つ『北の旅人』を思い出したくらいの出来で、増位山にはぴったりはまりのいい歌になった。

 ここでも池田は、二番を詰める。

 ♪ホテルみたいな船にのり 旅がしたいと 夢ものがたり...

 冬子はテレビで豪華客船でも見たのだろう。ムード歌謡の懐かしさの中に、ひょいとそんな今日性を埋め込んだ手練者の技だ。

 ≪この人からは、当分目が放せない≫

 僕は歌書き池田の仕事ぶり、ずっと緊張を強いられている。

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