浜博也『越佐海峡』を注意深く聴く。

2015年11月1日更新


殻を打ち破れ165回

 浜博也の新曲『越佐海峡』を聴く。喜多條忠の詞、伊藤雪彦の曲で編曲は前田俊明。越後の山を振り返り、佐渡の島影を見る船上の女主人公は、傷心の一人旅だ。伊藤の曲は気分のいいテンポと起伏で哀愁をひと刷毛、カラオケ・ファン狙いと読める作品で、格段の新しさや型破りの野心の気配はない。

 ≪しかし、待てよ...≫

 僕の興味を踏み止まらせたのは、浜の枯れた歌唱が示す得も言われぬ風情だ。言葉の一つ一つをきちんと大切に伝えながら、淀みのない心地よさが、いい。低音部をしっかりと響かせ、高音部も力まずに情感本位。3コーラスのどこにも、"決めて""聴かせる"気負いがなく"どうだ顔"をのぞかせる個所もない。それでいてちゃんと、浜ならではのドラマが作れていて、言ってみれば"地味派手"の魅力か。

 ≪ふむ...≫

 もう一つの発見は、4ページある歌詞カード2ページめの「ワンポイント・アドバイス」だ。1コーラス6行分の歌詞が大きめの字で並び、注意すべき言葉に〇印がつき、その傍らにこと細かくアドバイスが書き込まれている。演歌系のCDには、近ごろつきものの"歌唱の手引き"だが、これが何とも懇切ていねいで、これはもうプロ用とも思える。例えば、

 ♪フェリーと同じ 速さに合わせ 白いカモメが ついて来る...

 の歌い出し2行。「同じ」に丸印がつき、おォなァじ...と歌い伸ばす「ォ」と「ァ」の母音をしっかりせよと言う。「速さ」の「速」に〇がつき、「は」と「や」に、アクセントを変えよう...という注文がつく。「白いカモメが」は「モメが」に丸印で「モォ」の「ォ」の母音の動きが要注意。「メが」の二字は一拍ずつ歌うように...とある。

 ♪未練どこまで ついて来る...

 がサビに当たる歌詞だが、前半に「単調に歌わず、次のフレーズにかけて、抑揚のある歌い回し」を期待し、後半には「高音部が続くが、感情をこめつつもビブラートを加え過ぎないように」と注意している。歌い出し2行分では、メロディーとテンポの快さに歌が"流れないように"心がけ、サビの高音では"その気"になり過ぎて空回りしないように...と戒めているのだ。

 それやこれやのアドバイスを眼で追いながら、もう一度浜の歌を聴く。何とまあ、こと細かな注意点がきちんとそのまま隅々にまであてはまっているではないか。東京ロマンチカのリードボーカルからスタートして歌手歴33年、50才を越えたベテランの技と歌心がこう表われるのか! 同時に作曲者伊藤雪彦の笑顔も思い出す。息の当てどころやノドの型で変える声の操り方、節回しのあれこれを話しだしたら、微に入り細をうがって尽きることのない稀有の存在なのだ。

 僕は新聞記者あがりで、歌づくりに新桟軸や型破りの野心を求める傾向が強い。その一方で、カラオケ族に依存するあまり、類型化する演歌づくりは批判的な発言を繰り返している。しかし、そんな演歌でも、ここまでの細心の配慮と仕立て方、さりげないが捨て難い魅力を生み出す努力には、敬意を表してはばからない。歌唱は「流れない」ことが肝要だが、歌づくりもまた同じこと、求められるのは完成度だと思うのだ。

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