『海猫挽歌』永井裕子が孵化した!

2018年2月3日更新


殻を打ち破れ193回

 ≪ほほう!≫

 作家や歌手の進境に時おり出っくわす。毎月、かなりの枚数のCDを聞いてのことだが、そんな時はわが事のように、嬉しくなる。相手の顔を思い浮かべて、電話でもしようか...という気分。そんな出来事は、そうそうないせいだが、こちらは雑文稼業。電話よりは原稿にした方が...と思い直す。

 年の瀬の≪ほほう!≫は、永井裕子だった。新曲『海猫挽歌』だが、おや、別人みたい...というのが第一印象。聞き慣れた演歌の枠組を離れた歌唱が、すっきりと一途である。歌い出しの「語る」部分に、ほどの良い抑制が利き、サビの昂り方に悲痛な開放感がある。全体に「歌の口調」が変わっているのだ。

 ≪作品が歌手を変えるのだな≫

 と合点する。作詞が荒木とよひさ、作曲が浜圭介。詞の語り部分は2行だが、ほぼ4行分くらいに、荒木は相変わらず長め。そのあと2行分がサビだが、こちらは主人公の言い分を歌って短かめ。納めの2行分で主人公は「会えなきゃ死んだと同じこと」と、その恋を諦める。浜のメロディーは持ち前の粘着力で差し引き、すっきり語らせガツンと決める。訴求力の強さがなかなかなのだ。

 ≪作品の文脈が、これまでの彼女のレパートリーとは、大分違っている...≫

 永井のデビューから10年間、実は僕が歌づくりを手伝った。作曲家四方章人がNHKの番組でスカウト、相談に来たのがきっかけ。彼女はまだ中学生だったから「ともかく高校までは行かせよう」と提案した。愁いを含んだ独特の声味と歌唱力があって、急ぐことはないと思った。デビューから10年間、曲は師匠の四方が一手に担当、色彩を変える狙いで、作詞は友人の一流どころを端から動員した。池田充男、阿久悠、吉岡治、たかたかし、喜多條忠、坂口照幸からちあき哲也まで。

 『哀愁桟橋』『菜の花情歌』『石見路ひとり』『男の情歌』『さすらい海峡』...。永井の歌づくりは演歌の中核を目指し、一曲ごとの積み重ねは、彼女の豊富なレパートリーづくりに通じた。愁い声と彼女流の泣き節がメインで、歌のロケハンに作家たちと出かけたのは、石見銀山や東伊豆の温泉町など。行く先々が"作品の拠点"になり、永井の"第二の故郷"の人脈が生まれる。

 その間永井は、コンサートではポップスも歌い、今時の女の子の感性も維持していた。そこで『海猫挽歌』である。タイトルこそ演歌だが、内容は浜圭介流の歌謡曲。そんな潮時...と、長く彼女の歌づくりを担当する古川健仁ディレクターは、鉈を切ったのだろう。永井の歌の実り方に転機を与えようともしたろうか。狙いは図に当たって、永井はごく自然に作品に染まり、作品に入り込んで、自分のものにした。

 歌手歴17年、永井裕子はここでひとつ、ハードルを越えた。力を持つ歌い手として、頼もしい孵化を示した。うまく行けば彼女はここから第二期に入る予感がする。

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