聴き手冥利だ「名歌復活」

2018年4月8日更新


殻を打ち破れ195回

 バーのラウンジ、左からギターを抱えた弦哲也、徳久広司、杉本眞人、その右側にピアノがあって岡千秋が陣取る。ちょいとした豪華版、それぞれが弾き語りで作曲家を目指した思い出の曲を歌い、往時を語るのだから、これはいくらお金を積んでも見られない光景。新聞記者からフリーの雑文屋になって50年余、こんな果報は初めてのことだ。

 弦哲也がタイトルなし、歌詞が一番だけという不思議な曲を歌う。昔、田村進二の芸名で歌い低迷していたころ、旅興行の列車の中で北島三郎が歌って聞かせた一節だと言う。

 「俺も作曲を勉強してるんだ。お前さんもそうしちゃどうだ」

 歌い手一人、聴き手一人、そんな形で激励されて、弦は一念発起した。無題のその歌はレコーディングされていず、今では弦の胸の中にだけ残っている。それからしばらく、彼は二刀流を目指すが、歌書きへの決意を固めたのは、奥村チヨが歌った『終着駅』で、作曲は浜圭介。この人はこの曲で、不振の歌手生活を脱出した。弦は似た境遇の浜の背中を追ったことになる。

 徳久広司は小林旭の『さすらい』を歌った。彼が師匠の作曲家小林亜星が経営するスナックで歌っていたころから、僕はつきあいがあったが、一目でそれと判る旭信奉者。デビュー曲で歌手としても代表作になった『北へ帰ろう』は、あきらかに旭オマージュ・ソングだった。

 当初、吉田拓郎ばりの曲と歌でこの世界に入った杉本眞人は、作曲家筒美京平の世界に魅せられて歌謡曲を目指す。ところが相手は全く人前に出ないタイプだから、仕方なしにコンビの作詞家橋本淳を訪ねた。そうかそうか、まあ上がれ...と迎えられた橋本宅で、すぐ麻雀に誘われ、おまけに大勝ちしたと言う。彼が歌ったのはいしだあゆみの『ブルーライト・ヨコハマ』だったが、昭和の筒美メロディーを、平成のリズムの強調ぶりが面白かった。

 歌手志願だったころの岡千秋は、美声の持ち主だったと言うが、長く新宿のクラブで弾き語りをやって、あの声になったそうな。「酒とタバコ、それに女だな」「いずれにしろ、不摂生が、今じゃお宝の声を作ったんだ」と、僕らがはやし立てる。岡の作曲家デビューは日吉ミミの『男と女のお話』のカップリング曲『むらさきの慕情』で昨今お得意の演歌とはまるで趣きの違う歌謡曲。思い出の曲として歌ったのは矢吹健の『うしろ姿』だから、やっぱりあの悪声にぴったりだった。

 それやこれやで盛り上がったのは、126日のフジテレビ湾岸スタジオ。前にもこの欄で書いたが「名歌復活!~弾き語り 昭和のメロディー~」の録画で、好評につき今回が3回目。彼らの弾き語りには、自作曲への愛情と思いを伝えたい情熱に、それぞれの人間味や遊び心まで加わるから、個性的な情趣にあふれている。弦が『鳥取砂丘』と『二輪草』徳久が『そんな女のひとり言』と『ノラ』杉本が『惚れた女が死んだ夜は』と『冬隣』岡が『名前はリラ...』と『女のきもち』と掘り出しものまじりで、共演した歌手たちは秋元順子、北野まち子、松永ひとみに桜井くみ子、司会が松本明子で、みんなが4人の作曲家の代表曲を歌った。

 「歌はやっぱり弾き語り、それもフルコーラスに限るな」

 企画立案した築波修二プロデューサーと僕は、マニアックな歌好き。この日ばかりは聴き手冥利につきた。宣伝めくがこの番組は、310日午後7時からBSフジで放送される。

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