≪えっ?
何だこれは? 俺、そんなに酔ってるか?≫
ほろ酔いの深夜、新着のCDを聴いていて突然、覚醒した。東京で仲間うちと飲み、葉山の自宅へ戻ってのこと。新橋―逗子が横須賀線、逗子からはタクシーで2時間弱。年のせいで少なめになった焼酎は、水割りで3、4杯だから、酔いはとうに醒めている。テレビは例によって関西芸人たちの与太話。つまらないから聞き始めたCDの何枚めかで、でっくわしたのが鳥羽一郎が歌う『儚な宿』――。
♪雪をいじめる
湯煙りを よけて 積もればいいものを...
鳥羽のしわがれ声が、すうっと入って来た湯の宿哀歌。「いじめる」とかその後の「飛び込んで」とか、ナマな表現がちと気になったが、メロディーともどもなかなかなのだ。
≪待てよ...≫
と、注意深くなった二番に
♪嘘をつかなきゃ
逢えぬから 嘘を重ねる 罪もあろ...
と来た。「罪もある」なら、近ごろ作詞家がよくやる断定型。それを「あろ」にすれば、含みと情が残る。そして「別れの覚悟が
嘘になる」と4行詞1コーラスを「嘘」でまとめて艶やかだし、三番の締め方もいい。
連想したのは『おんなの宿』や『なみだの宿』の2曲。星野哲郎作詞、船村徹作曲の傑作とその姉妹編だ。女心のひたむきさと頽廃のにじみ方が、詞曲に似ている。
≪あのコンビの旧作か?≫
と考えたが、すぐに≪違う!≫と思い返した。似てはいるが表現が若い。そう断定できたのは、星野・船村を長くこの道の師として来た僕の生理。歌詞カードのクレジットを見る。作詞が朝比奈京仔、作曲が木村竜蔵、編曲が蔦将包。
翌日からが忙しくなった。鳥羽のマネージャー山田大二郎に作詞者を聞く。
「知らない名前だけど、誰かのペンネームか?」
鳥羽にはたまたま会ったから、直接心あたりを確かめる。
「あのイケメンが、こんな曲も書くのか?
お前さんなら筆名は島根良太郎だろ」
「何しろ子供のころから、星野・船村を聞いて育ったんだからさあ...」
鳥羽の答えは明快、やっぱり木村竜蔵は彼の息子だった。
山田からは作詞者のプロフィールがFAXで届く。筆名は「京仔」が「京子」の時と「山口あゆみ」の時と。タレント引退後、制作ディレクターを経て作曲家猪股公章に師事、平成3年、坂本冬美のアルバム曲で作詞家デビュー、16年ライブ活動再開とあるから歌手兼業か。驚いたのは本人からの手紙つきで
「お忘れと存じますが、以前東芝から山口あゆみという名前でケイ・ウンスクさんのカバー曲『私には貴方だけ』をプロデュースしていただきました」
とあるではないか!
申し訳ないが、覚えていないのだ。歌のプロデュース作はそう多くないから、そんなはずはないのだが、もしかすると名和治良プロデューサーを手伝っての仕事か?
名和さんは三佳令二の筆名で韓国曲を山ほど訳詞した、僕のこの世界の伯父貴分でケイ・ウンスクの相談相手。スポーツニッポンの傍系に「ドーム音楽出版」を作り、二人で一緒に仕事をした仲だ。
朝比奈の作品歴には中村美律子、桜井くみ子、チェウニ、すぎもとまさとらの名が並んでいて、みんな友だち。悪のりした香西かおりの『大阪テ・キエロ~あなたゆえに~』もこの人の詞だと言う。作詞歴28年、何だよ、そうとは知らぬまま、ずい分長くそばにいた勘定になるじゃないか。
≪縁は異なものだよな≫
そう自分に言いきかせながら、改めて『儚な宿』を何度も聞き、素面(しらふ)でまた酔った。文中の星野哲郎、船村徹、猪股公章、名和治良の各氏がそろってすでに亡いことも、心に痛い。
