新曲の『片時雨』を聞いて「うまくなったな」と思った。もう一度聞き直して「いいじゃないか!」になった。岩本公水とはデビュー以来のつき合いだが、このところちょっとご無沙汰。そんな話をしたら編集部から「会ってみません?」ということになって――。
小西 いい歌だよな
岩本 私も初めて頂いた時、いいな、売れそうだなって思いました(笑)
小西 曲先だって? 岡千秋があれこれ考えて、これで行こうって強気になった気配だ。
岩本 岡先生は『北の絶唱』『雪の絶唱』に続いて、シングル連続3曲めです。3連演歌を2つやったから、今度は違うものをやろうと言って下さって...。打ち合わせの後がすごかったんです。
小西 どういうふうに?
岩本 事務所の近く、赤坂のカラオケ・ボックスに行って、あれ歌ってみろ、これ歌ってみろと...(笑)
小西 どんな曲を歌わされたのさ(笑)
岩本 岡先生の作品が多かった。『波止場しぐれ』とか『河内おとこ節』とか。今、これじゃないな、それじゃこれかなって。曲を入れたり、止めたりして下さって...。
小西 彼がそんなことまでしたの? マネージャーは何してたんだ?
岩本 居ません。岡先生と二人っきりです。
小西 危ねぇな(笑)。それでその後、飲みに行ったわけ?
岩本 はい。私、作家の先生にそこまで一生懸命して頂くのは初めてでした。それで...。
小西 どうなったのよ!(笑)
岩本 酒の歌をやろう。お前も40才越えて、芸歴も20年を越えたんだから、ギター演歌の王道をやろうって...。
小西 ちょっと待てよ。お前さん、もう40を越えたのかい? 20年以上になるのかい?(笑)
岩本 だって、吉岡治先生の『雪花火』がはたちの時でしたから。あれから23年になります。
小西 そうか、知らず知らずに、そんなに時が過ぎてたのか...(笑)
岩本 で、岡先生からは、飲んだ夜から2、3日で、デモテープが届きました。
小西 あのしゃがれ声のな(笑)。彼、歌も彼流にうまいもんだけど、すっと入れた?
岩本 はい。1回聞いただけでメロディー覚えました。ららら~って3番まで歌えました。
小西 そのららら~...に、詞をはめ込んだのが、いとう彩だ。
岩本 いとう先生も3作連続です。『北の絶唱』の時に、どうしたことか、私のステージをあっちこち見に来て下さってたんです。聞きましたら、興味がある、ずっと書いてみたいと思ってたって...。それならば是非ということになって、それから今度が3作めです。
小西 詞、曲ともに、いい縁があったってことか。歌づくりって、そういう情熱や思いがあらかじめあるってことが強いよな。酒場でひとり、別れた男を思う歌って、そんな体験があるのかどうか知らんけど(笑)ま、岡チンの思い通りに、年相応、キャリア相応の作品が出来上がった...。
岩本 自分自身で思うんですけど、歌い方が昔よりずっと素直になったなと...。
小西 俺たち物書きもあんたら歌い手も、率直なのが一番だね。気負いも衒いもなしに、すうっと真っ直ぐにね。それが何といっても本音に近い。『片時雨』のよさは、歌声の芯に岩本公水本人の思いがにじんでいること。歌詞で言えば3行めと4行めの頭の部分が、長めに揺れながら歌ってるあそこ。聞いてて気持ちがいい、歌ってて気持ちがいい。心地よく哀しいんだ。
岩本 気持ちがいいから、酔いがちになるんですね。レコーディングの時に、岡先生に言われました。「酔うのはお客の方で、自分が酔っててどうするのよ!」と。不思議に快いメロディーなので、ついつい...ね。それでハッ!と気づくんです。それ以来、酔い過ぎないように、酔い過ぎないように...と、毎日、頭に入れて歌っています。
小西 酔う、酔わない...の、そのギリギリのところがいいんだね。丸山雅仁のアレンジがまた、その気にさせるしな...。
岩本 ふふふふ...。
小西 俺さ、うまくなったな...と思ってたけど、こう話してみれば、やっと自分の背丈に合った作品に恵まれたんだと判ったよ。一時体調を崩して歌手活動を2年半も休んだ経験も、生きてるかも知れない。ところでお父さんは元気なの?
岩本 はい。元気で米づくりをやってます。一度歌手をやめて故郷へ帰ったころに、脳梗塞で倒れたんですけど。私を歌手にする夢が破れかけて、心が折れたのかも知れない。
小西 その看病をしながら、お前さん、ホームヘルパー2級、障害者(児)対応ヘルパー2級なんて資格を取ってる。休業中もちゃんと、やることはやってたんだ(笑)。
岩本 だって秋田での2年半、暇で仕方がなかったし...(笑)カラオケで毎日、ガンガン歌ってもいたんですよ(笑)
小西 陶芸も教室に行ってから、もう20年になる?
岩本 趣味だったんですけど、2年前に東秩父に窯を持ちました。
小西 プロフィールに「陶芸展」って欄がある。秋田や埼玉などで個展をずいぶんやって、公私ともに充実の平成時代だな(笑)
岩本 はい!(笑)
だいぶ前の話だが、銀座でばったり出会った。ちょうど蕎麦を喰いに行くところで「どうだ?」と聞いたら「うん」とついて来た。二人きりの時間も乙なものだったから、今度は「飲もうな」と誘ったら、やっぱり「うん」の返事。いずれ折を見て...の話だが、この人、人づきあいもやんわりと率直なあたりが、なかなかの熟女になっていた。
