組曲「恋猫」松本明子が奮闘した

2020年1月18日更新


殻を打ち破れ216

ヒョウタンからコマ...という奴が、実現した。作曲家たちとたくらんだ歌づくり。それが歌謡史上初の組曲に仕上がったから、やっていた連中さえ、なかば驚き、なかば呆れ、なかば興奮状態である。作品名は『歌謡組曲「恋猫」~猫とあたいとあの人と~』で、作曲が杉岡弦徳、作詞が喜多條忠、編曲が南郷達也と、みんな親しいお仲間。歌ったのはタレントの松本明子で、20分余の大作になった。

冗談の発端はBSフジで不定期に放送されている「名歌復活」という番組で、作曲家の杉本眞人、岡千秋、弦哲也、徳久広司が思い思いの曲を弾き語りで歌うのが売り物だ。タイトルから判る通り、彼らの作品や彼ら好みの埋もれたいい歌を発聞掘するのが、当初のコンセプト。弾き語りの味が絶品で、必ずフルコーラス...という趣向が受けた。高視聴率に放送局や制作プロダクションが気を良くして、またやろう!もっとやろう!と、放送する機会が追加、また追加。もう本番は6回くらいになるか。BS番組の特徴で、再放送が多いから、ずい分長くかかわっている気がする。

 僕と彼らの野放図な雑談にも、進行係の松本がすっかり慣れたころ、≪松本明子を歌手にしよう≫という話が、番組内で持ち上がった。せっかく名うての作曲家が揃っているのだから、曲はみんなで書こうと意見が一致。彼らの姓から一文字ずつ取った「杉岡弦徳」という作曲ユニットが出来あがる。作詞は喜多條忠にと僕が提案、これまたいいね!いいね!とまとまった。弦が作曲家協会の会長、喜多條は作詩家協会の会長でもある。あまりの大物揃いに歌手を指名された松本明子は、眼が点になり、ほとんど悶絶状態――。

 それから約2年、ああだ、こうだ...のやりとりが交錯して、組曲「恋猫」は出来あがった。無茶ぶりだよこれは...と、悪乗りの渦に巻き込まれた喜多條は、杉岡弦徳それぞれの顔を夢に見て、うなされたとも言う。体裁は五つの歌詞をそれぞれ1コーラス分ずつ、作曲者のイメージに合わせて、全く異なる行数。失恋をぼやく女の第1コーナーを岡、男との出会いを回想する第2部を弦、飼い猫相手の愚痴の第3部を徳久、人生なんてそんなもんさと諦めかかる第4部を杉本がそれぞれ作曲、最後の第5部は4人がセッションして完成という具合い。全体を音楽監督ふうにリード、取りまとめたのは弦の役割だ。

 青ざめて、必死で頑張ったのが松本である。各パートそれぞれに、ごく個性的な歌書きたちがとても個性的なメロディーをつけている。そのデモテープ相手に日夜歌唱の予習、復習のくり返し。内心「大丈夫かな?」と危惧した僕らを尻めに、彼女は見事にやたら高いハードルをクリアした。4人の作曲家が拍手したくらいの仕上がりである。

 災難はいつふりかかるか判らない。あわせて5コーラスの歌の合い間を、女主人公と誰かの会話でつないだ方が物語性が濃くなるという話になり、お鉢がプロデューサーの僕に回って来た。舞台で役者をやっている経験を生かせ!と衆議一決、おでんの屋台の親父の役柄で、失恋女の松本と僕のぼそぼそセリフのやり取りが合計5ヵ所も。言いだしっぺは弦で、スタジオで僕にダメ出しをしたのは喜多條である。

 1024日、フジテレビの湾岸スタジオでやった「名歌復活」のビデオ撮りでも、それをそのまま再現した。引くに引けないノリの僕と、もはや余裕もにじませる松本のセリフと歌唱。背後でニヤニヤしているのが杉岡弦徳の4人と喜多條という20分余。NGなしで何とかやりとげた光景は、127日夜、3時間番組の最終部分でオンエアされる。恐るべきことにこの組曲「恋猫」は、やはり12月にテイチクからCDとして発売される。松本は上機嫌、僕は当分冷や汗をかくことになる。

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