池田充男ならではの情感

2020年3月1日更新


殻を打ち破れ218

 峠は深い。荒れる雪風吹、宿の灯りなど見えるはずもない。そんな光景の中を、一組の男女が辿る。相合傘である。厳しい冬景色の「動」と、行き暮れる女が見せる一瞬の「静」が、いい芝居のクライマックス・シーンを見せるようだ。

 作詞家池田充男は、伍代夏子のためにそんな絵姿を用意した。『雪中相合傘』だが、弦哲也の曲、南郷達也の編曲。情緒的な曲と音に包まれて、伍代の歌はひたひたと主人公の思いを語る。不しあわせから出発する道行きソング。男の情にほろほろ泣きながら

 ♪生きてみせます 死ぬ気になって...

 と、女は決意のほどを訴えたりする。

 「池田先生から、すごくいい詞を頂きました」

 友人のプロデューサー角谷哲朗が、声をひそめたのは、昨年1119日の夜。月島の行きつけの店"むかい"でやった、仲町会の早めの忘年会の席だ。僕らはその日鎌ヶ谷CCでゴルフをやっての反省会!? で、メンバーの弦哲也や四方章人、南郷達也も居て賑やかなのに、どうしても報告は小声になる。

 「そうか、じゃあとでウチにFAXしといてくれ」

 僕の返事もそっけない。仲町会は元ビクターの朝倉隆を永久幹事に、元テイチクの千賀泰洋、松下章一、同社現役の佐藤尚、キングの古川健仁、三井エージェンシーの三井健生らに、編曲の前田俊明、若草恵、石倉重信らも加えて歌謡界なかなかのやり手揃い。もう30年以上、ゴルフや酒盛りを繰り返しているが、唯一ご法度なのは「新作」の売り込み。歌づくりの談論風発の楽しみに宣伝要素を持ち込むことは、仲間うちで自制しているのだ。

 それからしばらく、暮れに角谷から池田の歌詞と伍代のCDが届く。師走のバタバタの中で、

 ≪ソツのない奴だ。ま、元気で何よりということか≫

 僕は相手の顔を思い浮かべてニヤつく。つき合いの長さが、年数では思い浮かばない。彼の仕事に感想を言い、レコード会社移籍の相談にも乗った、結婚式では主賓を務めている。

 「そばで暮らそうと思って...」

 とうやうやしく、同じマンションへ越して来たことがある。世田谷・弦巻に住んでいたころだが、僕ン家は5階、相手は10階だったので、

 「毎日、俺を見下ろして暮らす気か!」

 と、冗談めかしたものだ。そう言えば坂本冬美で『夜桜お七』を作った昔、プロデューサーが僕で、彼はディレクターだった――。

 ≪そうか、これも有りかな...≫

 と、新年、伍代のCDを聞き直してほろりとする。世の中は東京オリンピック、パラリンピックであおり立てられ、陽気なこと手放しである。そんな世相と真逆に『雪中相合傘』の男女は、灯りも見えぬ闇の中を行く。人間、一寸先は判らない。宴のあとには虚脱感がつきものだ、前回の東京オリンピックは昭和39年、スポニチの音楽担当記者だった僕は、事後のスッポ抜け現象を、世の中のあちこちで体験した。もし今回も、そんなふうに憑き物が落ちるとしたら、この歌はぴったりのやるせなさで似合うかも知れない。

≪池田充男の歌は、やっぱり嘆くのだ≫

と思い当たり、それが演歌歌謡曲の根っ子だと再確認もする。カップリングは『拝啓 男どの』と風変りなタイトル。昔なじみらしい男相手に、盛り場の様変わりを伝えながら、

♪世の中どこへどう流れても 咲いていますよ義理人情...

と女が語りかける。背景は神楽坂だ。

"勝手書き"のそんな詞に、池田の元気と若さを感じる。もう90才に手が届くだろう詩人が、伍代に2曲分、そんな熱い思いを託している。ひところ『悠々と...』や『酒暦』などで、人生を総括し加減に見えたのが気がかりだったから、なおさらである。

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