笑芸人・川中美幸VS井上順

2020年5月2日更新


 殻を打ち破れ219

  

  やたらに威勢のいいイントロで、第2幕の緞帳が上がる。中央に大衆演劇の松井誠、バックの男女は彼の劇団員に扮して、一斉に舞い扇の波を作る。ガツンと歌に入ると、

 ♪泣いてこの世を生きるより 笑って生きろと励ました...

 晴れ晴れと、リズムに乗る歌声の主は作曲家弦哲也で、どうやら彼の作品『男の夜明け』と見当がつく。えっ? それにしても何で? そう思うのは、舞台が明治座、川中美幸の特別公演のせいだ。弦と彼女は常々「戦友」と表現するくらいの親交を持つ。声はすれども姿は見えずで、弦は歌だけ録音の友情出演になった訳か。

 ≪それにしても、縁が濃いめだ≫

 僕が明治座そばの常宿ホテルに入ったのは2月1日の夜。翌日からの劇場でのけいこに備えてのことだが、テレビをつけたら突然弦が出て来た。石原裕次郎のために書いた1曲についての思い出話。その横でうんうん...と、したり顔なのは僕ではないか! カメラが引いて出演者のみんなが写る。徳久広司、杉本眞人、岡千秋と並んで、僕の右隣は松本明子。何のことはない、BSフジの「名歌復活」の再放送。4人の作曲家を「杉岡弦徳」の名のユニットにして、新曲を! なんて今ごろ盛り上がっている。

 その新曲は『恋猫~猫とあたいとあの人と~』で、史上初の歌謡組曲。昨年末には番組内で披露、CDもテイチクから発売されている。何しろ弦が作曲家協会、作詞した喜多條忠が作詩家協会のそれぞれ会長で、他の面々も要職につくヒットメーカー。

 「そんなのアリですか?」

 と、当初相当にビビった松本も、そこはベテラン、芸熱心。ひどく個性的な4人のメロディーを読み切り身につけて、なかなかの仕上がりにした。

 ところで明治座の2月公演だが「フジヤマ"夢の湯"物語」と題した、下町の人情コメディー。川中が銭湯の女主になっているが、借金を作った父親は行方不明。内風呂が当たり前の昨今では、客足も減って経営不振。やむなく「よろず代行業」を兼業するのだが、何しろ"よろず"が曲者で、笑いのネタには事を欠かない。

 そこへまた、滅法ノリのいい写真屋のおやじが現われて、川中の幼な友達役の井上順である。笑わせたい! 楽しませたい! のサービス精神が、けいこ場から全開、セリフと動きの両方にギャグをちりばめて、演出の池田政之を笑わせる。この演出家もやるなら徹底的にと、率先垂範するタイプで、芝居はどんどん長くなるが、本番ではいいとこ取りをしてバッサリ削ることになりそう。

 よろず代行のひとつとして、川中は勉強中の落語まで演じる。演目は「時そば」ならぬ「時うどん」で、関西風味に仕立て直したから、麺の種類が変わった。日々の苦心は本題に入る前に並べる"マクラ"で、熱心なファンは何回も観るから、それなりの趣向を凝らす必要に迫られそうだ。

 「笑売歌手」の異名をあげたいくらい、川中の笑いづくりは定評があるが、大泣きする場面があるのも毎度おなじみ。今回は15年前に失踪した父親の、苦衷の実情を知って父恋しさが再然、泣き崩れる。彼女にそのタネ明かしをするのが、ふつつかながら弁護士役の僕という段取りだ。

 ザ・スパイダースの人気者だった井上とは取材記者時代からの知り合いだが、共演は初めて。もう一人の麻丘めぐみも"左きき"当時からの知り合い。

 「70才からこの道に入れてもらってさ」

 「そうですってね。お元気で何よりです」

 と、ご両人にはいじられられ加減の日々。2月4日初日、25日までのお楽しみである。

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