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新歩道橋1085回

2020年8月 8日更新



 「マザコンだからねえ」
 とほめたつもりなのに「吾亦紅」を歌った直後の歌手すぎもとまさとは、作曲家杉本眞人の顔になって肩をすくめた。この曲を彼はもう何万回歌ったことだろう。ほとんど無心で歌える境地だろうが、サビの、
 〽あなたに、あなたに謝りたくて...
 の個所だけはいつも意識すると言う。あの高音ぎりぎりの切迫感と、他の部分の無造作なくらいの語り口が、得も言われぬ味わいを作っている。
 男という奴はみんな、大なり小なりマザコンである。そう書く僕も人後に落ちぬ一人で、杉本の歌を聴く都度、鼻の奥がツンとなる。ことに歌い納めのフレーズ、
 〽来月で俺、離婚するんだよ、そう、はじめて自分を生きる...
 でカクッと来て、
 〽髪に白髪が混じり始めても、俺、死ぬまで、あなたの子供...
 で必ず涙っぽくなる。それにしても作詞家ちあき哲也は、何という詞を書き、世のマザコンの男どもにとどめを刺して逝ったものか!
 杉本のこの歌を、また生で聴いたのは7月21日、フジテレビのスタジオ。4年間で7本めという不定期番組「名歌復活!」のビデオ撮りの現場だ。弦哲也、岡千秋、徳久広司に杉本と、ヒットメーカー四天王が思い思いに弾き語りを聞かせる。岡がピアノ、他の3人はギターだが、弾き語りの良さは作品の情感があらわになるほか、歌手の人となり、心の暖かさや優しさがにじむことだろう。おまけに全曲フル・コーラスである。各曲、作詞家の思いのたけが、はしょられずに、高い完成度を示す。
 今回は今年没後10年の作詞家星野哲郎を偲んで、その作品を4人が歌った。弦が「みだれ髪」岡が「兄弟仁義」杉本が「雪椿」徳久が「男はつらいよ」という選曲。小林旭ファンの徳久はさしずめ「自動車ショー歌」か「昔の名前で出ています」あたりか...と思わせておいて意表を衝いた。
 〽わたくし、生まれも育ちも葛飾・柴又です...
 のあの名調子をやりたかったらしい。岡の「兄弟仁義」はテンション高過ぎる気合いの入り方から「いかん、いかん」と頭をかいて歌い直しをした。作品との取り組み方、見た目、キャラとは違って極めて生真面目な人なのだ。
 楽曲交歓という趣向もある。弦が杉本の「かもめの街」杉本が弦の「暗夜航路」というのが好取組。弦は歌い派だが、この曲の語りの部分と歌う部分を、いい按配の彼流に歌い分けた。「暗夜航路」はキム・ヨンジャが日本での活躍の糸口を作ったスロー・ワルツ。語り派の杉本はそれを、あのぶつ切り心情吐露型歌唱に引き着ける。
 《そこまでやるか...》
 と僕は笑っちまったが、星野コーナーの「雪椿」だって、遠藤実作曲の演歌を、何と8ビートのノリで歌って、
 「俺が歌うと、どうしてもこうなっちゃう」
 とニヤニヤするのだ。
 《しかし、いい歌が揃うものだ...》
 と感じ入ったのは、作詞家の仕事の確かさと豊かさ。岡が歌った自作曲「ふたりの夜明け」と徳久の自作曲「俺でいいのか」は、作詞家吉田旺の旧作と新作。杉本が歌った「青春のたまり場」は阿久悠だし、弦の「天城越え」と「暗夜航路」はともに吉岡治作品だ。これにちあき哲也の2曲と星野哲郎の4曲が加わる逸品オンパレード。
 長く体調不良の吉田旺は以前にも増して寡作だが、星野、吉岡、阿久、ちあきはすでに亡い。それぞれと親交のあった僕は、曲ごとに生まれた時期のあれこれを体験しているから、感慨もひとしお。歴史を背負った名人技を回想する心地だ。
 《俺はこのスタジオで、一体何をしてるんだ?》
 と、我に返ったりする。好評につきもう一作...が4年間で7本も続いた番組で、僕は勝手な時に勝手なことをしゃべっている。それにつき合ってくれる松本明子の役割は台本に「進行」とあり、僕は「聞き手」とあった。そうかそういうことか...と合点、弦の新作「演歌(エレジー)」について知ったかぶりをする。
 弦の音楽生活55周年記念曲だが、息子の田村武也が作詞している。彼は路地裏ナキムシ楽団の座長で、フォークソングと芝居をコラボする新機軸演劇の作、演出家で作曲も歌もやる。そういう一人息子が、父親の来し方行く末を見すえた詞に、父への敬意をにじませているのが好ましいと、ナキムシ一座のレギュラー役者の僕は目を細めているのだ。


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