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日高正人の「下手ウマ」を褒める!

2015年4月26日更新


殻を打ち破れ159


 「別に声がいい訳でも、節回しが上手い訳でもない。イケメンっぽかったのは昔々の話で、もう70才に手が届くはず。そろそろ退き際を考えろと言ってるのに、まだ歌うと言い募る。おつき合い頂く皆さんも、こうなるとくされ縁のはずで...」

 無名の大歌手・日高正人のショーなどで、あいさつをしろと頼まれれば、大ていそんなことを言う。古いつき合いの本音だから、日高はステージの隅ででかい体を縮めている。体格そのものが"大歌手"なのだ。それが21日、東京プリンスホテルで「歌手生活45周年ディナーショー」をやった。

 節目の催しだからそれなりに、念を入れたつくりにしたのだろう。演出もちゃんとしているし、照明も凝っている。いつもだと右往左往する曲の合い間のトークも、何となく整理されている気配。こっちは代表発起人のあいさつ、例によって別段ヨイショもしないのを終えたから、

 ≪さぁ、のんびりと焼酎でも飲んで...≫

 と、結構リラックスしていた。それが日高の歌を23曲聞いたところで、

 ≪あれ?一体どうしたんだ?≫

 と、客席で座り直した。何と、日高の歌がひと皮むけて、妙にいい味なのだ!

 よく聞けば、いつもの"張り歌"が"語り歌"になっている。歌ってものはそうそう簡単に上手くなるものではないし、何しろ年が年だ。劇的な変化など望むべくもないが、語り口に情がにじんで、日高流の滋味が生まれているではないか!

 若いころ武道館公演をやって満席にし、横浜アリーナでも歌った。自称「無名のスーパースター」の日高は、その後も"その気"で頑張って来た。声をめいっぱいに張り上げるタイプ、それをさすがにもう無理と悟ったのだろう。歌を息まじりのソフトに仕立て、高音は裏へ抜いたり、ひょいといなしたり。そんな変化が僕の常套句の

 「一生懸命が背広を着て、汗水たらして走り回っている」

 という彼のキャラに、ぴったりはまった。

 こうなれば、彼のレパートリーのモノの良さが際立つ。阿久悠の『港町三文オペラ』、星野哲郎の『親子杉』、浜圭介の『春夏秋冬二十年』、永井龍雲の『達磨』、それに来し方の男の苦渋があらわな『人生山河』...。そう言っては何だが、スター級の歌手が歌えばヒット間違いなしの作品が、実は彼の財産なのだ。

 文章もそうだが、もともと上手い記者の原稿は、いい気になるととかくすべり勝ちになる。ところが悪筆の見本みたいな記者が、鉛筆なめなめ、長いこと苦労すると、何とも言えぬ味わいのいいものを書くことがある。日高の今回のステージはそれに似ていて、言うところの「下手ウマ」の境地。武骨無器用の人柄も前面に出て、これも彼流の成熟なのか!

 日高の歌手生活が45年なら、彼と僕のつき合いも似たような年月になる。暮れや正月に僕んちで仲間の酒盛りがあると必ず現われて、行儀の悪いのをおどしたり、話に感極まると大粒の涙をこぼしたり。屋久島生まれ、鹿児島育ちの血の熱さが得がたいが、僕が歌をほめるのは今回が初めてだ。

 もう一つの大発見は『人生山河』の作詞家たきのえいじの尺八の巧みさ。日高と『屋久島哀歌』をセッションふうにやったが、首を振り振り、僕らがあっけにとられるほどの名演奏だった。

 

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