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ヨシノブ、未樹に潮は満ちて来たのか?

2016年12月25日更新


殻を打ち破れ179回

 「10周年です。親爺さん、よろしくお願いします」

 という、筆文字の走り書きつきで、松川未樹のアルバムが届いた。送り主はワークス・ディ・シィの大野佶延社長、北島三郎の実弟で松川の所属プロのボス、プロデューサーも兼ねる。

 ≪おやじさん...なぁ≫

 僕は彼の顔を思い浮かべながら、苦笑いをする。長く彼にそう呼ばれては来たが、漢字表現の"爺"にひっかかるのは、こちらの年のせいか――。

 松川の記念アルバムはCD二枚組。『未樹の歌の旅...―人の出逢い~歌とのめぐり逢い―』のタイトルがついている。一枚目には「感謝」、二枚目には「躍動」とある念の入れ方。『おんな浜唄』がデビュー曲で『燃えて恋歌』と『命うた』が1周年記念、『木の葉舟』と『おんなの祭り』が3周年記念、『帰望』と『冬晩歌』が5周年記念、『女の砂漠』と『冬かもめ』が8周年記念...と、収録曲にはクレジットがつく。ほかの曲も「全国縦断100ヶ所公演キャンペーン」や「全国夏祭り 秋祭り展開」「東日本大震災義援曲」などと明記されている。

 凝り性の大野の面目躍如で、歌手の節目の年を重視、歌づくりやプロモーションに一曲ずつ、はっきりコンセプトがあることが判る。彼はこういうふうに、手駒の歌手のキャリアを一段ずつ、階段を辿るように上がらせて来たのだろう。その評価は、デビュー時の日本有線大賞新人賞、5周年には二つ、日本作詩大賞優秀作品賞と日本作曲家協会音楽祭奨励賞の受賞歴に表われている。

 ≪しかしまぁ、よくこの10年を踏ん張って来たものだ...≫

 と、僕は今度は、大野の"どうだ顔"を思い浮かべる。作詞家や作曲家のアイデアに頼り、歌社会の流れに任せる歌手づくりや歌づくりではない。「こういう楽曲で、こういう位置どりをさせたい」という、強い意志と実行力があっての足跡、近ごろ珍重すべき粘り腰なのだ。

 松川も、温かく柔らかな歌声で、その期待に応えて来た。歌詞は売れっ子作詞家が動員されたが、作曲の多くは師匠の岡千秋。こちらも一作ずつ、歌手松川の未来図を思い描きながらの仕事だろう。

 24曲中8曲がカバー作品で、『みだれ髪』『夫婦春秋』『岸壁の母』『なみだの桟橋』『名月赤城山』など多彩。ボイストレーナーの新井利昌が、発声練習ばかり3年の後、やっと歌わせてくれたという『岸壁の母』に、松川の思いがこもる。『みだれ髪』は美空ひばりへのオマージュ、ここにも彼女に課した大野の意図がうかがえる。

 彼女の声を鍛えた新井が10周年記念曲の第一作『もらい泣き』を作曲して、アルバムのラストを飾っている。松川の歌声が、これまでの作品とは違う激し方で新鮮だ。カラオケ族対象めいた穏やかさから、脱皮をはかるのが松川の"これから"なのだろうか。

 「ヨシノブ、そろそろ峠を一つ越えさせる気か!」

 "おやじさん"呼ばわりに応じて、長く"佶延"を呼び捨でつき合う僕は、そう言って肩を叩きたくなる。一徹きわまりない彼に、大ヒットの勲章を獲得させてあげたいのだ。


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