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佐伯と安奈、もう一つの人情劇

2018年9月 2日更新


殻を打ち破れ200

「えっ、そうなの、知らなかった...」

 歌手川中美幸が、それこそのけぞらんばかりに驚いた。75日夕、彼女の明治座公演の初日がめでたく終わった直後。楽屋前には共演中の女優安奈ゆかりと車椅子の紳士とつき添いのご婦人がいた。実はこの3人が親子なのだが、紳士は僕の親友で「地方区の巨匠」と呼びならわしている演歌の作曲家兼歌手、佐伯一郎だった。単なる父子なら川中も驚きはしない。劇場につめかけるファンには、そういうケースだってままある。しかし、相手が年上で先輩格の歌手となれば「嘘!本当?」となるのも無理はなかった。

 川中公演の芝居は「深川浪花物語~浪花女の江戸前奮闘記」(池田政之作・演出)でタイトル通り、大阪からやって来た川中が、深川の料亭のお手伝いに拾われ、てんやわんやの末に女将にのし上がる物語。安奈の役はその料亭の仲居頭で、奮闘記の随所に出て来て、芝居の潤滑油として大活躍なのだ。しかし、川中一座は初参加でもあり、もともとプライベートな部分は抜き、本人本位の仕事だから、特に父親のことは話もしなかったのだろう。だが、僕の場合は少々違った。

 「おやじさんを呼び捨てでつき合ってるんだから、お前さんにも君やさんはつかないよ」

 けいこ場で顔を合わせるなり、僕は冗談めかしてそう宣言した。

 「ええ、もちろんですよ。私も呼び捨てにして下さい」

 安奈はふっくらした声音でそう応じた。たっぷり豊かな体型同様、会話も快活でやわやわと温い。初対面なのだが父親から僕のことは、あれこれ聞いていた気配で、

 「初日に見に来ると言ってました。久しぶりにお会いするのがとても楽しみだと...」

 「待てよ、体調はいまいちのはずだ。無理させちゃいけない」

 「でも、そのためにリハビリに精を出しているって言ってました」

 双方笑いながら、そんなやり取りになったものだ。

 佐伯は若いころ、作曲家の船村徹に兄事、一緒のアルバムも作った仲。それが本拠の静岡・浜松へ戻って大勢の弟子を育て、その弟子たちと活躍の場を広げて、東海地方の雄になった。僕は元来、東京でテレビに出て、全国に名を売るスターだけが歌手とは思っていない。地方に根をおろして独自の活動を続ける歌手も貴重な存在として来たから、佐伯とは長く親交が続く。毎年浅草公会堂で一門の歌手たちとやるコンサートも、毎回駆けつけていたが、彼が脊椎をやられて入退院を繰り返すころから、しばらく会っていなかった。聞けば8回も手術を受けたと言う。

 ≪しかし、そうまでしてでも、来られてよかったな...≫

 つき添いの佐伯夫人の笑顔を見ながら、僕はそう思った。川中公演は例によって彼女の"笑芸"が生き生き。芝居もしばしばファンを笑わせながら、時にしみじみ涙を誘う下町人情劇である。演出家池田のスピーディーなドラマづくりを、委細承知とばかりに安奈は、独特のキャラと達者な芸で出たり入ったりの大忙し。どうやら池田お気に入りの俳優の一人らしく、その甲斐々々しい仕事ぶりを、父も母も十分に堪能した面持ちだ。

 「本当に助けられてますよ(左腕をちょんと叩いて)こっちの方もなかなかだし、よく気がつく人で、共演の皆さんにも愛されているし...」

 川中のほめ言葉も決してお世辞ではないから、佐伯も涙ぐんだりする親馬鹿ぶり。夏の明治座の舞台裏で、突然生まれた芸能親子の人情劇の一幕だが、それを包む込む柔和さで、ここでも主役はやっぱり川中美幸だった。


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