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大森監督の次回作と 小川みすずのデビュー曲と

2020年5月 2日更新


 殻を打ち破れ220


  大切な客が鉢合わせをしたら、どうする? 一人は大阪から来た映画監督の大森青児。もう一人は冬の間、沖縄で暮らしている作詞家のもず唱平だ。さて――。

 2月、僕が明治座の川中美幸公演に出演中の話。早々と先に約束したのは大森監督で

 「18日は昼の1回公演だけど、それを観た後、会えますか?」

 の電話にOK!何かうまいものでも...と返事をした。川中公演で2作ほど出して貰った演出家で、ことに「天空の夢」(明治座、大阪新歌舞伎座など)では、川中相手に大芝居という望外の役に抜擢されている。川中はこの作品で芸術祭の大賞を受賞、陰で僕は「それなら俺はさしずめ助演男優賞だ」などとうそぶいたものだ。大森監督はNHK出身で大河ほか数多くのドラマを手がけ、一昨年、映画第1作の「家族の日」を撮り、僕もちょこっと出演させて貰った。

 そんな行きがかりがあるところへ、もず唱平から葉書が来る。

 「18日に観劇、そのあと是非懇談など...」

 とある。こちらは昭和48年にブレークした『花街の母』以来だから、もう47年の並みではない親交があり、言下にOKを出さざるを得ない。それならば、どうしたか?

 「ええい、面倒!」

 とばかり、ごちゃまぜの食事会にした。昼の部終演後だから、午後4時には行きつけの月島のもんじゃ屋「むかい」に店を開けて貰って、どういう歓談になるかは出たとこ勝負である。無茶は承知、無茶!?が通れば道理はひっ込むだろう。

 その夜、大森監督から手渡されたのは、映画の次回作「もういちど、恋(仮)」のシナリオである。長年のコンビ古田求の脚本で、もう制作実行委員会まで立ち上げている。この人の凄いところは、独特の人脈を辿って、制作費全額をかき集めてしまう有言実行ぶり。前作「家族の日」は故郷岡山をベースに撮影、上映はコンサートに似た自主公開が軸で、北京映画祭にまで呼ばれた。今回はどうやら姫路が舞台になるらしく、もちろん僕の出番もある。

 もずが持ち込んで来たのは、久々に新人に肩入れをした作品と、その歌い手。3月にデビューする小川みすずに『何でやねん』と、関西弁の女心ソングだ。小川には伊藤マネージャーが同行していて、この人は以前、僕が山口のりという歌手のプロデュースをした時からの長いつき合い。気がねのない間柄だから、小川のデビューまでのいわく因縁までがあけすけに語られる。その間もずはニコニコと寡黙だがよくしたもので、大森監督は歌謡界の裏話に興味を示して好反応――。

 そして3月になる。例のウイルスのせいで"巣ごもり"をしている僕は、しみじみと小川を聞いた。もずの詞が

 ♪恋が愛には育たずに 死んでしもたんか...

 とか

 ♪美学と云う気か 何でやねん...

 なんてこれまでの彼の仕事では見かけなかった言葉使いが新鮮だ。それに浜圭介がゆったりめのブルースの曲をつけている。

 ≪二人ろも"ほほう"の仕上げ方や...≫

 と、僕はいい気分。伊戸のりおの編曲もなかなかで、淡谷のり子や二葉あき子、平野愛子なんて、昔々の歌手のヒット曲を連想するのどかさが懐かしい。

 大森監督のシナリオは、ごく限られた関係者用の準備稿だから、ここで内容を書く訳にはいくまい。まだ配役も決まっていないままのものを、僕の役は恐らく...と当て推量しながら読んで、3度ほど胸を衝かれて涙ぐんだ。

 しかし、関西人の会話は実に楽しいものだった。大森監督は雄弁の人だし、伊藤マネージャーはそれに輪をかけて多弁にして駄弁。話題もここかと思えばまたあちらで、ユーモラスで賑やか。根にある諧謔精神と軽やかさに、茨城育ちの僕など気おくれして、相づちを打つ間もなかった。


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