キム・ヨンジャは21年ぶりに、韓国で新曲を出した。「10分以内に」というタイトルで、快適なリズムに乗って、歌い、踊る派手めの曲。これが今韓国で彼女が求められ、本人も納得ずくで自分をアピール出来る路線なのだろう。日本の歌手として踏ん張って22年、ヨンジャは二つの国にまたがって歌うことに、相応の自信と自負を持つ。9月26日の「キム・ヨンジャリサイタルin中野サンプラザ」に、それははっきりと現われていた。
緞帳が上がると背景は南大門。女たちが七面太鼓を打ち鳴らす。左右に2個ずつ、客席に背を向けた前面に3個、合計7個の太鼓へ曲打ちみたいなバチ捌きだ。李東信の大笛がからんで「イ・サンのテーマ」から「アリラン・アラカルト」「イムジン江」と、歌うヨンジャもチョゴリ姿。随所に金順子韓舞楽芸術団の踊りが、カラフルに弾むようだ。ヨンジャがこうまで韓国色を前面に出すのを見るのは初めてだが、彼女は実にのびのびと、艶っぽくパワフルだ。
ショーの二部の冒頭は、一転して日本。澤田勝秋の津軽三味線一本とせり合う「りんご追分」から「花笠音頭」「荒城の月」「ひばりの佐渡情話」「津軽のふるさと」などが続く。
「また言われたよ、ヨンジャ、抜いてな…って」
本人がもう耳にタコ…の周囲の注文に苦笑した。出世作「暗夜航路」で都はるみに言われた昔から、演歌は抑えめの歌唱を求められ続ける。彼女はそんな歌処理を「わさび味」と呼び、ガンガン歌い上げる彼女本来の唱法を「キムチ・パワー」と言って区別する。
「疲れるのよ、抜いて、抑えて…はね。こうなっちゃう」
と、体を〝くの字〟に曲げて客を笑わせた。
しんみりしたのは、大切な人3人を失ったと話す景。「抑えて…」の吉岡治が忘れられないと「暗夜航路」を歌い「ひばりさんは歯の裏で言葉を操る」と言った三木たかしの言葉が、いまだに理解出来ないまま…と「天国の門」を歌い、石井好子には「あなたの歌はそのままシャンソンね」と認められたと「愛の讃歌」を歌った。僕にとっても特別の3人だったから、1曲ごとに胸を衝かれた。吉岡には「俺の骨を拾うのは彼…」と生前に名指しされていた。三木は媒酌人まで務めた仲で、石井はいつものハグの代わりに、病床で頬ずりをして別れた。亡くなる10日前のことだった――。
韓国と日本の歌謡には「異根同花」の趣きがある。異なった歴史と文化を持つ二つの国だが、大衆歌謡にはなぜかひどく似通ったところがある。どちらが源流?の議論はさておき、人と作品のひんぱんな往来と交流で、お互いに強く影響し合ったのは確かだろう。ヨンジャの魅力には「同根異花」の趣きを感じる。キム・ヨンジャというしたたかな才能を母体に「わさび味」と「キムチ・パワー」の二つの花が咲いているのだ。
《それもこの先、変わっていきそうだな…》
僕は客席でそう思った。美空ひばりのヒット曲を歌う時、日本人の歌手はひばりの魅力を追いながら、独自の色を作ろうと苦心する。しかしヨンジャの場合はとことん彼女流、全力歌唱で、ひばりをどう超えるかが狙いだ。同じひばり作品を歌いながら、アプローチの仕方と仕上がりがまるで違うのは、体と心に流れている血の違いのせいかも知れない。
そう思いながらヨンジャの歌に改めて耳を澄ますと、「わさび味」よりは「キムチ・パワー」寄りに「チーズ味」くらいの粘着力が目立った。日本的な「わさび味」を、ヨンジャの血が揺すり、熱くし、ふくらませはじめているのか?
「Kポップはいっぱい来るけど、演歌は来ないネ」
などと、昨今の日韓の音楽交流を眺めながら、ここでもまたヨンジャは負けん気をあらわにする。彼女は自分の歌を、日本に同化させることから始めたが、最近は韓国のよさを日本で再確認する気配を、強く感じる。僕はこの夜、「キムチ・パワー」全開放の彼女に、快いカタルシスを感じた。