新歩道橋758回

2011年1月21日更新



 黒紋付に高島田、和の正装をした川中美幸が楽屋を出る。部屋の前にはその日ごとの来客や安田栄徳らダンサーたち、三味線奏者らの列がある。1月、名古屋御園座公演の第二部「人・うた・心」の開幕直前のこと。それぞれに笑顔をふりまいた後、川中は舞台を一巡する。しかたたかし率いるバンド、ザ・ロータスや琴奏者の女性二人にあいさつ、ゆったりと定位置に。取り囲むのは衣装担当、床山、メイク係り、演出や音響担当も含めた裏方さんたちが10名ほど。ほど良い間合いで、
 「お願いします!」
 の川中の声。空気が引き締まって幕が上がると、川中の新年と歌手生活35周年の〝口上〟が始まる――。
 気配り目配りが、温かく身についている人なのだ。日々刻々を明るく楽しく…という精神が、舞台の表裏できっちり維持されている。それに誘われるように、人の〝輪〟が〝和〟になる。ショーでからむのは他に津軽三味線の藤秋会7人、和太鼓の志多ら4人、箏の3人、それに地元の「どまつり」(にっぽんど真ん中祭り)の幼若!?男女が1カ月のべ2千人余。それがみんななごやかに踏んばる。
 芝居は堀越真脚本、水谷幹夫演出の「たか女爛漫~井伊直弼を愛した女~」で、川中が演じるのは激動の幕末、直弼を愛しその密偵として働く村山たか。直弼を磯部勉、その参謀長野主膳を松村雄基、彦根藩老職を近藤洋介、直弼の側室を土田早苗と松山愛佳、たかに惚れ込む寺侍を曽我廼家文童、祇園の女将を冨田恵子、南禅寺住職の渓流禅師が大病を克服した長門裕之…という共演陣だ。
 《凄い顔ぶれだよなァ》
 と、けいこの時から気おくれと戦う僕は、大垣宿の旅篭美濃屋の主人役で、旅の途中の川中、松村らにからむ。何しろ長門は芸能界70年だと言うし、近藤は昔々のあのテレビドラマ「事件記者」の人気者だった。子役出身の人も多くベテラン、芸達者たちの芸歴を合計したら一体、どのくらいの年数になるのだろう?
 川中のたかは、時代の奔流に揉まれながら、直弼との絆に殉じ、主膳との結ばれぬ愛に身をこがす。そのひたむきな生き方を演じるさまは、日ごとに哀歓の濃淡を強くし、陰影を深くしていく。演出の水谷が言う。
 「役を自分の色に近づけるのではなく、無色のところから取り組んで、自分がその役に染まっていく。その上に川中美幸という女優の持つ〝華〟が加わる」
 という川中評が、腑に落ちる境地だ。
 正月公演だから、けいこは12月12日から24日まで東京でやり、26日から28日までが名古屋。川中が紅白歌合戦出演のため帰京するのに合わせて29日から31日までがOFF、元日に名古屋に集まって「思い出しげいこ」というのをやり、2日が初日という変則スケジュールだ。何だか暮れも正月もないが、東京でも酒、名古屋でも酒で、気分は妙にフワフワし続けた。音楽業界の日常性から芝居の世界の非日常的雰囲気へ、行ったり来たりする日々。その上、あまり大きな声では言えないが、けいこ中の12月19日に、浅草公会堂の沢竜二全国座長大会に出演、生まれて初めて大それた〝かけ持ち〟をやった。そのドキドキ感もまた、得も言われぬものだった。
 僕の大劇場初舞台は、川中の30周年公演の明治座。今回は彼女の35周年公演で、だから僕の舞台歴は5周年ととてもわかりやすい。その間に知り合いが大勢出来て、田井宏明、安藤一人、綿引大介、山本まなぶ、橋本隆志、森川隆士、かんだ正樹、阪田辰俊、市川良典、小澤真利奈、深谷絵美、石原身知子、穐吉美羽なんて顔ぶれが今度も一緒。それに加えて今回親交を得た真砂皓太は松平健の側近のベテラン。板前の修業もした腕前で、楽屋の昼食も取り仕切る。昼夜2回公演の日限定だが、根を詰め時間をかけた料理の美味に恵まれているのは、田井、安藤、綿引、かんだに僕の5人組だ。
 この冬、名古屋はめちゃくちゃに寒いが、震えがくるのは宿舎から劇場への往路だけ。あとは楽屋裏人情にすっぽり包まれて、僕の新年は実にぬくぬくとしている。
 

週刊ミュージック・リポート