新歩道橋775回

2011年6月17日更新


 
 「なみだ船」「函館の女」「風雪ながれ旅」…と、北島三郎は極め付けの星野哲郎作品を歌った。6月9日、名古屋御園座で上演した「恋文・星野哲郎物語」の千秋楽。大物が日替わりゲストのトリを取ったのだから、主演の辰巳琢郎、かとうかず子をはじめ、スタッフ、キャストのみんながピリピリ、そわそわした。そこへ、
 「いやいやいや…」
 なんて、北島は、片手ひらひらさせながらの劇場入りである。
 芝居は星野と朱實夫人の夫婦愛物語。一足先に東京へ出た夫人と、山口県周防大島に残った売り出し前の星野がやりとりした、遠距離恋愛時代の手紙が縦糸になる。北島を筆頭に日替わりゲストが歌うのは、第一部の幕切れ、大島で開かれた〝えん歌蚤の市〟のステージという設定。
 北島は代表曲3つを歌いながら、星野との触れ合いを語った。それも作品が仕上がるまでのエピソードが山盛りで、さながら講演「名曲はこうして生まれた」ふう。思いがけない内輪話に客席は大喜びだし、その旺盛なサービス精神に、舞台そでに集まった役者たちは嘆声をもらす。
 「うむ…」
 と、仔細ありげな表情なのはモト冬樹、
 「かっこいいなあ」
 を連発するのは相棒のつまみ枝豆。
 「さすがですねえ」
 と顔を見合わせるのは榛名由梨、高汐巴ら元宝塚の大スターたち…。
 2日初日で8日間13回公演の日替わりゲストは、水前寺清子、大月みやこ、鳥羽一郎、長山洋子、島津亜矢、堀内孝雄、小林幸子に北島という順。相当に濃いめの世界とキャラの持ち主たちで、それを反映するように、日によって客席の色あいも変わった。星野についての思い出話も、それぞれの中味と語り口。水前寺、鳥羽、島津あたりは〝星野党〟だけにネタもレアだ。
 銘打ってこそいないがこれは、昨年11月15日に亡くなった星野の、事実上の追悼公演、彼の「妻への詫び状」を原作に、岡本さとるが脚本、菅原道則が演出した。この原作の劇化は過去2回、東京三越劇場と大阪松竹座で上演されているが、3本とも別物で、出演者も違った。制作協力に名を連ねるアーティストジャパンの岡本多鶴プロデューサーが、手をかえ品をかえでこだわり続ける結果だ。
 《それにしても、うまいことやるもんだ…》
 出演者の一人の僕はニヤニヤする。スター歌手日替わりの集客策に加えて、商業演劇の固定観念を打ち破った演出もその一手。御園座は重厚な舞台装置を作ることで定評がある。「今度もきっと…」と考えた常連観客は、いい意味で期待を裏切られた。舞台を終始飾ったのは巨大な海と空と船の絵。その前で大型パネルが2枚、左右から出入りして、芝居の景を変えた。
 第1幕だけでも14もの場面が展開するスピード感。客は自然にその流れに乗せられるのだが、転換にスタッフは大わらわ、役者は衣装の着替えに走り回る。星野の師匠格のプロデューサー(モデルは馬渕玄三さんや斉藤昇さん)役の僕だって、洋服を5着も着替えて9つもの場面に登場したくらいだ。そんなユニークな新機軸に参加した俳優は19人である。ふつうはこの倍から3倍もの人数でやるのが大劇場公演だが、ほとんどの観客は、今公演がそんな少人数であることに気づかない。
 「それにしても頭領、いつものまんま舞台に出て来て、別に何もしてないじゃない!」
 友人たちは口々に僕の仕事をそう批評!?した。音楽プロデューサー役だから口調も態度物腰も確かに地に近く、別ものになり切る工夫も苦心もない。
 「しかしだよ、舞台の上でいつも通りってのが、これで一番難しいんだぞ!」
 抗弁する僕の口調がまた、舞台と同じものになったりするから大笑いだ。
 厳しくも心優しいスタッフと共演者に恵まれ、かわりばんこに来る歌手たちと談笑して、僕の6月上旬は何とも気分のいい日々になった。

週刊ミュージック・リポート