新歩道橋786回

2011年10月11日更新


 
 戸越武吉、通称武さん60才。深川古石場あたりにある堀川銘木店の番頭…というのが、僕の今度の芝居の役だ。昭和30年代の中ごろ、木場の材木商群がそっくり新木場へ移転する前夜のお話。横澤祐一作・演出の「水の行方・深川物語」は、昨今話題になっている築地市場の移転をにらみ合わせてもいようか。
 「そうねえ、あなたはしばしば、猫になっていて下さい」
 と、演出家が恐ろしいことを言う。堀川商店の人々の右往左往や、激しい時代の変化の種々相を、さりげなく見守りながら立ち働くのが番頭武さんの役割。
 「ほら、家の中のことを全部見聞きして、知っているくせに何も言わないのが、猫って奴でしょう」
 と絵解きをされればなるほど…と思う。葉山の我が家の猫の風(ふう)ちゃんは、たしかに僕と家人の暮らし向きや、しばしば現われる僕のお仲間の安手の談論風発ふう酔態を、素知らぬ顔で観察しているではないか!
 芝居の主人公たちは大騒ぎなのだ。堀川商店の先代店主の未亡人(鈴木雅)は古きよき木場を守りたいといきり立つ。長女(新井みよ子)と養子の店主(丸山博一)は、それをいたわりながら、新時代に対応しなければならない。次女(村田美佐子)は生き方マイペースを貫いて、どうやら武さんの心のマドンナふう。三女(菅野園子)は、別れた亭主(松川清)に復縁を迫られて舞い上がり、洲崎で働いた過去を持つお手伝いさん(古川けい)は、かつての客と焼けぼっ杭に火がつきそう。元建設会社会長の大物(内山恵司)がひいきにしていた辰巳芸者(田島佳子)は堀川家の孫の青年(秋田宏)とそで引き合ったりして…。
 番頭の武さんは、もと川並である。川に浮かべた丸太を組んで筏にし、材木の選別、管理、運搬を担当した。俗に言う〝筏乗り〟で、粋でいなせなタイプが、後に店のあれこれを取り仕切る番頭に取り立てられた。
 《それでは…》
 と、すぐ〝その気〟になる僕は、まず理髪店へ出かけて訳を話し、それらしい角刈りになる。9月27日など、けいこ終了後に星野哲郎の一周忌法要の打ち合わせへ駆けつけたら、おなじみ〝哲の会〟の面々からヤンヤ、ヤンヤで迎えられた。
 「今回のこれはな、武さんカットって言うんだ」
 と、本人悦に入ったりするからいい気なものだ。 芝居は2幕8場だが、何と僕の武さんは、1幕1場を除いて全部出ている。各場面、ひょこっと一芝居したあとに舞台の一隅で猫になり、話が進むとまた大声でセリフをまくし立てる。その繰り返しだが、観客の目にさらされ続けるのだから、全く気が抜けない。
 「猫といってもですよ、置き物とは違うんだから…」
 けいこが進むと演出家のダメ出しが微妙に変わる。眼前で繰り広げられる出来事に、それなりの反応が求められるのだ。しかし、ベテラン俳優たちの丁々発止に引きずられて、テニス見物みたいになったら下の下。せっかくの熱演をぶちこわしてしまう。
 この公演は劇団東宝現代劇75人の会の催しで、僕はそこのおじゃま虫。一昨年が「浅草瓢箪池」昨年が「喜劇隣人戦争」と、望外のいい役に恵まれて、今回が3年連続3回目の参加になった。一カ月以上もじっくりけいこをするから、日々目からウロコ…の勉強また勉強。先輩たちにうまくなついて、ついついお仲間気分になったら、ある日けいこ場に、
 「2人合わせて100年を越すキャリアなんだから、もっとそれらしい芝居をしてくれよ!」
 なんて、演出家の怒声が響いた。つまりこの道50年なんて剛の者が何人もいる勘定。僕の舞台経験はその10分の1の5年に過ぎないから、肩をすくめ首をちぢめて唸るしかない。
 この秋、ついに後期高齢者用の健康保険証が手許に届いた。この年になって日々反省!のチャンスに恵まれるのはゴルフと芝居だけ。感謝しながらの晴れ舞台は10月7日から10日までの6回で、場所は深川資料館小ホールだから、念のため――。

週刊ミュージック・リポート