新歩道橋789回

2011年11月4日更新


 
 「リスペクトなあ…」
 ふだんから横文字を使い慣れない僕は、内心ちょこっとたたらを踏む。「敬意」でもいいんじゃないか…と言いたくるのだ。美空ひばりの息子加藤和也氏と、11月11日東京ドームのひばり23回忌イベントについて話していてのこと。同席した男たちもみな、口々にこの単語を口にした。日常語みたいにすっかりなじんだ口ぶりである。
 「だいじょうぶ、日本!~空から見守る愛の歌~」がメインタイトルで、東日本大震災支援と銘打った催し。出演する顔ぶれが多彩で、EXILE、AKB48、倖田來未、平井堅、平原綾香、ゆず…なんて、Jポップの面々が加わる。彼や彼女らが、ひばりが遺したヒット曲も歌うあたりが女王への〝リスペクト〟。それが彼らのファンの胸に届き、一緒に出る五木ひろし、小林幸子、氷川きよしら演歌、歌謡曲勢とそのファンにも伝わって、一つの流れが出来る。単なる新旧勢力のスターパレードではなく、いくつもの世代の美空ひばりへの敬意が、会場を熱くする…。
 ベテランだって参加するのだ。雪村いづみ、岡林信康がその双璧で、ともにひばりとは親交があった。
 《しかし…》
 と、僕がそれこそ、本気でリスペクトしたくなるのは、船村徹の出演である。それも、ひばりが書き遺した詞に、彼が曲をつけた「花ひばり」を自作自演する。出演決定までの経緯はともかく、船村が「よし!」と引き受けた心の芯にあったものは、まぎれもなくひばりへの敬意だったろう。船村にとって彼女は、かけがえのない表現者であり、曲と歌とで対峙した好敵手であり、戦後の歌謡曲を切り拓いた同志でもあったはずだから。
 ?花は美しく散りゆくもの、人ははかなく終わるもの…
 という歌い出しの「花ひばり」は、ひばり自身が人として生まれ、花として生きた半生をさりげなく語る。
 ?花は咲けど散ることを知らず、いとおしや…
 と結んで、聞きようによっては彼女の、辞世の詞とも受け取れそうな内容だ。
 ひばりは折りにふれて、その時々の思いを散文詩ふうに書き止めていた。おびただしいそんな言葉から、この一編を選び出し「花ひばり」の題名もつけたのは船村である。当初はNHKが作った特番用で、僕も多少の手伝いと助言をした。6月、名古屋・御園座に出演していたところへ、番組のプロデューサーが訪ねて見えてのこと。CDのための船村の吹き込みも立ち会ったが、それもこれも船村やひばりとの、長い縁に恵まれたお陰だ。
 「曲をつけていて、いつの間にか彼女が歌うためのものを考えている。いかんいかん、これは俺が歌うんだ。あまりむずかしくしちゃいかん…と思い返したりしてな」
 船村は苦笑いしながら、そんなふうに話した。集中して、一つの世界を研ぎ澄まして行く時の、歌書きの心の動きを垣間見る一言だろうか。抒情的にゆったりとした船村メロディーを、彼は歌うように、語りかけるように、得も言われぬ唱法で形にした。しみじみとした滋味が幾分枯れた趣き、船村はそんな1曲を、あえて子や孫みたいな人気者たちの中で歌う──。
 「行けるよ。出して貰ってる明治座川中美幸公演が、この日は昼の部だけなんだ」
 「じゃあ、小西グループ用に一部屋取りましょう」
 「何言ってんだ。俺はお前さんたち二人と一緒に見るよ」
 加藤和也夫人、有香さんと僕の最近のやりとりである。このビッグイベントは、歌社会実力者たちの激励、叱咤、助言、協力があって実現する。その間和也夫妻は必死で頑張り、その熱意や誠意が生きてこその側面もあった。
 ひばり、船村、尽力した縁の下の紳士たち、それに和也夫妻…と、当日僕は、かかわった大勢の人たちに敬意を捧げながら、このイベントを見守ることになる。この際だから「リスペクト」って奴にも、なじんでみようか…なんて思ったりする。

週刊ミュージック・リポート