新歩道橋861回

2013年11月26日更新


 
 何ともまあ、見ている方がじれったくなるほど、優柔不断のグズが、主人公である。美男で優しげが取り柄の醤油商平野屋の手代・徳兵衛。それを歌手の山内惠介がやった。兵庫県で2日間3公演、東京・池袋のあうるすぽっとで11月8日から17日まで上演した「曽根崎心中」(近松門左衛門原作、崔洋一監修、岡本さとる脚本・演出)の舞台。ま、そんなタイプの色男は、山内には〝はまり〟の役どころではあろうが・・・。
 相手役の遊女お初は、モデル出身の女優高橋ユウ。タッパもある現代っ子ふうな美女で、こちらは滅法気が強い設定。気に染まぬ客は蹴り飛ばしたりするが、そこがまたいい!と、曽根崎新地の天満屋で、ナンバー・ワンの売れっ子と来る。
 この二人がいい仲になるのだが、男は濡れ衣の金銭トラブルでニッチもサッチもいかなくなる。女はと言えば「命をかけて恋をするのや!」と、宣伝チラシの惹句にもある心意気で、二人はお定まり白装束で死への道行き・・・。とまあ、そんな顚末を演じる二人が、何とも初々しいのだ。
 山内はこれが初舞台の初主演、高橋もまた時代劇は初めて。扮装は時代劇、セリフは関西弁だが、雰囲気は近ごろ原宿あたりで見かける若いカップルふう。クタクタなよなよの草食系男子と、妙に活発な肉食系女子に通じて見える。「でも・・・」「しかし・・・」ばっかりの男を「何言ってんのよ!」と切り従えていく組合わせを、よく見かけるがアレそのものなのだ。見た目はすっきり小粋な着物姿の山内に、きらびやかな打掛けの高橋。
 《うむ、これはストーリーつき、動くグラビアだな》
 と、僕はニコニコ合点した。
 そんな二人を軸に、しっかりした芝居に仕立てるのは、恋仇九平次をやる大衆演劇の津川竜、徳兵衛の継母・お𠮷の元宝塚スター高汐巴、天満屋の下女で笑いを取り続ける晃大洋のふとっちょ童顔美女ら。〝まがい〟と呼ばれる物の怪じみた集団のボスいいむろなおきはパントマイムの人気者と聞くが、脇を固めた面々はみんな芸達者だ。僕の友だちで新婚ホヤホヤ、女児が生まれたばかりの綿引大介が、ワルの役人をやり、瀬田よしひとは慇懃な天満屋の主人・・・。
 森の精霊〝まがい〟の踊りで幕があく。その連中が陰でお初をサポート、徳兵衛との恋をハラハラ見守る狂言回しをやる。音楽はギターがメインでスパニッシュふう。生の鳴物の鐘と太鼓が、ドラマの要所々々をいい感じに締めたりあおったり。大詰めでは、山内の主題歌が朗々と流れた。
 《確かにフレッシュでポップなノリで、こういう時代劇もあり・・・なんだ》
 僕は山内が所属する三井エージェンシー三井健生社長の肩を叩いた。人気歌手の舞台というのは、かっこいいヒーローを主演と相場が決まっている。その真逆で、意表を衝いたこういう演し物を山内の第一作としたあたり、なかなかの勇気である。後援会員4000余の勢いと話題性に自信があってのことだろうか。
 この11月は「曽根崎心中」をもう一本見た。東京・駒形のジーフォーススタジオアトリエの「近松門左衛門・一つ思いの恋」(よねやま順一脚本、後藤宏行演出)で、客席40の膝づめ公演。僕が入れて貰った東宝現代劇75人の会のお仲間菅野園子と下山田ひろのが出ていて誘われたのだが、こちらは役者たちが入り乱れ、走り回る群衆劇。
 舞台空間が六つに分かれているとかで、それぞれのスペースで一斉に人々が動き、演じ、それが激しくからみ合ってストーリーが展開していく。時代劇だがそれらしい衣装やカツラはなく、主演級の何人かは役どころが一つだが、他はいろんな役を取っかえひっかえ。まるで映画の一コマづつが各パートで演じられているようなスピード感で、観ている側に伝わるのは若い役者集団一丸の一生懸命さ。
 《こんなのもありなんだ!》
 と僕は、その熱気にしばし茫然とした。
 炎暑が去ったと思ったら、突然冬の寒さがやって来た。今年はまるで秋がなかった・・・と呆れるような季節の中で、僕は異色の「曽根崎心中」二つに、不思議な感銘を味わったものだ。

週刊ミュージック・リポート