新歩道橋921回

2015年8月28日更新


 逗子の行きつけのイタリアン・レストラン。女主人がこちらに向けて、そっと両手を合わせている。グループ客の若い娘の行儀の悪さを気にしているのだ。そう言えばさっきから、面白くもないジョークに「ガハハハ...」とバカ笑い。出て来る料理に「おいしい!」を連発、同席の誰かの冗談に、手を叩いて反応するあたり、バラエティー番組の見過ぎだろう。こちらがムッとするのは、そんな若者をたしなめることすら出来ない連れのおっさんの方で―。
 ふっと突然、水森かおりの顔を思い出す。この娘もよく笑い、楽しさを体ごと表現するタイプだが、ちゃんと〝分〟は心得ていて、たしなみのココロもわきまえている。根っから快活な性分だが、それが下町娘のほどの良さで包まれているのだ。妙なところで妙な引き合いに出して恐縮だが、先月、彼女が出演中の明治座で会ったばかりだから、ことさらにおバカとの差異が具体的だ。
 「出ちゃえばいいのに...」
 と、彼女は二度くりかえした。明治座の楽屋、入り口の柱に寄りかかり、のれんから顔を出すポーズでの小声。廊下で久しぶりに会った浅利悦子と立ち話をしている僕の背中へ、口調に少々甘えの響きがある。出番を前にした水森は、チェック柄のスカートに淡いピンクのブラウス。「人形町物語~兄と妹の人情奮闘記」(作・演出池田政之)の娘役で、芝居用だからふだんより化粧は濃いめだ。「出ちゃえばいいのに...」は、僕がこのところ舞台役者に熱中している事を知っていてのジョーク。ま、そのくらい彼女自身、日々楽しくやっている...という報告の意味もあるか。
 山川豊との共演だった。昭和39年、東京オリンピックを半年くらい後に控えた人形町が舞台。タイトルが示す通りの人情コメディーで、山川は和菓子屋の職人。真面目で不器用な青年を、いつもの口調でやるのが結構はまって面白い。水森はその妹で、啖呵売をやりながら諸国を放浪する女・車寅次郎ふう。それが人形町へ舞い戻って、兄の見合い話をぶちこわしにかかる大騒ぎ...。
 《東京オリンピックなあ、俺はその前年の夏に、取材記者に異動したんだっけ...》
 客席で僕は、芝居の時代へ立ち戻る気分になる。舞台上の人々はみんな、それぞれ一生懸命生きていて、その言動に情にからんでちぐはぐになるのが笑いを生んでいる。頑張ればきっといい事がある...と、庶民の一人々々が信じていたあのころ、ご他聞にもれず僕も、うしうしよく働いた...。
 水森がやる〝かおり〟という役は、そんな時代のおきゃんな娘で、明るくて情が濃いめで、率直な行動派...となると、彼女の地そのものではないか。
 〝ご当地ソングの女王〟と呼ばれるスターになっても、デビュー当時から彼女の人柄は少しも変わらず、一見無邪気なまま。
 《これだもの、ファンに愛されるはずだわ...》
 僕は会う都度、彼女のハグの光栄にも浴している。水森のご当地ソングの主人公は、どの曲も傷心の一人旅。その心情をわがこととして自分に引き付けるのか、それとも役柄として演じてみせるのか? と尋ねたことがある。
 「お天気レポーターの気分です」
 と、意外な答えが戻った。歌の主人公の心とたたずまいと、それを取り巻く風景とを曲ごとに、天気図みたいに俯瞰して歌うらしいのだ。そんなふうに自分と自分のやり方を、スパッと語れるのもこの人の賢さだろう。
 「そうなんだな。初めて一緒に仕事をしたけど、気くばりも細やかで、実にいい娘さんだ。彼女のそういう良さが、ちゃんと芝居にでているよ」
 共演した友人の役者・真砂京之介が、すっかりファンになったのも、うれしいことではないか!
 《それにしてもなあ...》
 我に返って僕は周囲を見回す。冒頭とは別の日、この時期の葉山のスタバは半裸の若い娘で山盛りである。それが大声のバカ話で盛り上がっている。
 8月6日、気温35度超の猛暑日は観測以来の新記録を続けている。政情は戦争とのかね合いを言い合って、不穏な日々である。不戦、非戦の誓いはどこへ行くのか? 少年期に太平洋戦争を体験した当方は広島原爆を記念するこの日、やるかたない憤懣を噛みしめている。
週刊ミュージック・リポート