新歩道橋938回

2016年2月20日更新


 せっせと成田へ通っていた。といっても2月に入って毎日のことだから、決してゴルフではない。大衆演劇の若い座長・門戸竜二の奮闘公演に加えて貰ってのけいこである。門戸とはいくつもの川中美幸公演や昨年の三越劇場「居酒屋お夏」(名取裕子主演)などで一緒になった旧知。成田に住みけいこ場も持っている話は、前々から聞いていた。葉山から逗子へ出て、横須賀線と房総線の相互乗り入れで一本道。念願の地方巡演参加だから、片道2時間半の乗車時間もさして苦にならない。
 この欄今回分が読者諸兄姉のお目に触れるころは、千葉・神崎町の神崎ふれあいプラザで、2月13日と14日の公演3回が終わっている。神崎は「こうざき」と読む。門戸が観光大使をつとめていて、いわば地元。そう言えば成田のひとつ手前の駅は「酒々井」と書いて「しすい」と読む。地名というのはどうにも、むずかしいものだ。
 演目は山本周五郎原作の「泥棒と若殿」から、小島和馬脚本・演出の「人情めし炊き物語」門戸が謹慎蟄居中の若殿で、その荒れ屋敷へ忍び込んだあご勇扮する泥棒との奇妙な交遊物語が展開する。若殿は七万五千石の大名の次男。庶民の暮らし向きなどまるで知らぬおっとり型。泥棒は若殿の苦境に同情しきりのお人好しで、二人のとんちんかんなやりとりとあご勇の怪演!? に、けいこ場から笑いが絶えない。
 僕の役は、若殿の世話をするめし炊き親父と、藩の重役の二役。
 「せりふは十分に訛って下さい」
 と、演出家に注文されたのが親父役。これは以前、東宝現代劇75人の会公演「非常警戒」で秋田弁をしごかれたから何とかなる。厄介なのは藩の重役の方で、これがまるで裃をつけているみたいな武士言葉。およそ耳慣れぬフレーズを丸暗記。滑舌それらしく頑張ろうとすれば、舌を噛みそうになる。
 「ご両所、その辺はよしなに...」
 なんて、演出家がニッコリするから顔を見合わせるのは共演の安藤一人。彼は若殿の身辺をひそかに警護する忠義の武士。それと僕の重役とが、お家騒動にかたをつけ、若殿帰参の出迎えに来る筋立てだ。大筋がコミカルな人情噺としても、話が話だけにこの辺だけはごくシリアス。騒動が納まったあらましや、大殿の苦衷などの説明も要るから、けいこ当初は二人とも、頭の中がぐちゃぐちゃになった。
 安藤はあちこちの舞台で一緒になり、同じ楽屋だった時にはこまごまと、いろんなことを教えて貰った仲。子役時代から活躍して今50代になりたてというベテランだが、やはり難渋する役どころはあるらしい。めし炊きおやじの女房役は森朝子で、こちらは昨年、劇団若獅子公演「歌麿」でお世話になった。ほかの共演者は田代大悟、二神光に朝日奈ゆう子、宮元香織で、総勢9人という一座だ。
 芝居のけいこは午後1時から4時ごろまでで、後は第二部「華麗なる舞踊ショー」のけいこになる。安藤と僕は踊らないから、以後はお役ご免。ころあいを見はからったように、中食のおもてなしがある。日替わりで焼きそばやおでん、シチューにガーリックトースト、カレーライスが出れば山菜のてんぷらにおにぎり、とん汁、かす汁等々の心づくし。制作の本田ステージプロデュースのお二人に、近隣の熟女までが甲斐々々しいお手伝いだ。
 けいこ場は成田といっても新勝寺の賑いを離れて、駅から車で20分前後。その送り迎えまでして貰ったうえ、時にとれたてのサツマイモや玉ねぎのお土産までついた。帰路一ぱいやって夜更けに帰宅したら、つれあいが
 「芝居のけいこじゃなかったの?」
 と、不審な顔がすぐにうれしい笑顔になった。女性はいくつになっても芋好きを卒業しないらしい。
 それやこれやのほのぼの人情一座は、22日が大阪・松原市文化会館で1回、23、24、25の3日間が名古屋北区の北文化小劇場公演を3回。27、28の2日間は東京へ戻って中目黒のキンケロ・シアターで3回やって、合計10回公演の千秋楽となる。合い間の15日から1週間は、二足のわらじの一足目、歌社会にごぶさた...のごあいさつに回るつもりでいるので、どうぞよろしく―。(ってのは少々虫がよすぎるかな?)
週刊ミュージック・リポート