新歩道橋966回

2016年11月27日更新


 隣りに作曲家の弦哲也が居る。11月15日夜、原宿のミュージックレストランの片隅。テーブルにはオードブルとピザの皿があり、二人には赤ワインのグラス。僕は少し関係者ふうなたたずまいで、おがさわらあいの歌を聞いている。彼女を囲むのは6人のミュージシャンで、前列でギターを弾いているのは田村武也。彼がこの歌手のプロデューサーで、作品は全部彼の作詞、作曲、編曲だ。
 《純文学ラブソングの世界か。名づけて新東京フォークなあ...》
 ワインを二杯ほど飲みながら、僕はステージにゆったりと向き合う。開演前に弦と話した歌社会のあれこれは、どこかで尻切れとんぼになったまま。おがさわらの歌が、しみ込んで来る。田村が書いた詞のフレーズが、すうっと寄り添って来る。「貨物船」「朝の相剋」「幸せのカタチ」「あなたは風わたしは散る花」「彷徨いの哀歌(エレジー)」...。タイトルがそのまま、彼と彼女の世界をくっきりさせているな。
 〽花のマネして散ったら気づいてくれますか...
 おがさわらの歌の主人公が訴えている。言葉に言い表せないほど愛しているのに、愛というもののはかなさにおびえるように、熱い思いを胸の中に押し込む風情。そして、
 〽埋もれ木に花が咲いたら思い出して下さい...
 と、歌声は悲しみの色を濃くして行く。
 〽雨の日は傘さして、お池のほとりの蝸牛...
 そんなふうに母の帰りを待っていた子供のころから、人はずっとひとりぼっちなのだろう。
 〽愛し方がわからない。誰か教えて、教えてください...
 と祈ったころもある。その前後にいくつかの恋をして、破れた傷をかかえるうちに、少し慎み深く、少し臆病にもなって、都会の風景の中で心はいつも揺れているようだ。
 〽真夜中の環八通り、擦り切れた踵が痛いよ...
 と自分を振り向き、
 〽真っ白な息を辿れば、あの日に戻れるかな...
 とも思うが、それも叶わぬ夢だと、人はみな判っているものか―。
 この夜のおがさわらあいのライブは、「心に咲く名もない花」と「ピアノ」という組合わせのシングルで、テイチクからメジャー・デビューした記念のイベント。「心に...」はTBSテレビの「噂の! 東京マガジン」のエンディングテーマになり「ピアノ」は、NHKラジオ「ユアソング」で10、11月の2カ月間取り上げられている。新人としてはなかなかの仕掛けだが、この人、初ステージが3才で、長じて「つきよみ」という女性ユニットを組み、ソロになってからは小室等、加川良、山崎ハコ、杉田二郎らと共演した長いキャリアの持ち主だ。
 プロデューサーと作家を兼ねる田村進二は、実はヒットメーカー弦哲也の息子で、フォークの流れを汲む新感覚派。都会で生きる若者の愛と孤独を描いて、一曲ずつが短編小説みたいなドラマ性を持つ。おがさわらと組んで2010年にミニアルバム「あんた...」2015年にはフルアルバム「サクラ知れず」を作っている。この夜のライブで歌われた15曲は、それらの収録曲にストックも4曲。おがさわらを自作の表現者として、切磋琢磨して来た長い年月がしのばれる作品群だが、ライブの終盤、
 「何が良くて、何が巧いかではなく、ただ意地で頑張って来た」
 と吐露したあたりが本音だろう。売れ線狙いの流行歌ではなく、一途に書きたいものを書き、歌いたい世界を世に問う作業は、相当に厳しかったはずだ。
 田村は昭和テイストのフォークと芝居をコラボ上演する路地裏ナキムシ楽団の主宰者で、作、演出、出演から舞台美術、音響、照明などのプランニングまで全部を手がける。僕は昨年と今年、その公演の出演者に加わり、舞台の表と裏から、この人の力量、感性、気くばりから独特の統率力までをつぶさに見聞、感じ入っていた。
 原宿の夜、僕は弦哲也に、
 「いいものを見せてもらったよ」
 とあいさつしたが、田村とは
 「お疲れさんでした。来年もよろしくな」
 と、演出家と役者の物言いになって別れた。
週刊ミュージック・リポート