新歩道橋1023回

2018年7月22日更新


 ベテラン俳優・田村亮扮する新聞記者は「軽妙」にして「酒脱」ひょうひょうたる言動で存在感を示す。品がいいのはご存知の通り。松竹新喜劇の売れっ子・曽我廼家寛太郎は「爆笑」と「お涙」の両極を演じる板前役。芝居全体を俯瞰する視線が、能ある鷹...で微笑の陰にある。元フォーリーブスのおりも政夫は「活力」と「やんちゃ」な味で、料亭の気のいい若旦那をやる。その母親で料亭の女将の冨田恵子は「小粋」で、お人柄の穏やかさと優しさが、得も言われぬ「風情」をかもし出している。
 7月、明治座の川中美幸公演「深川浪花物語~浪花女の江戸前奮闘記~」を支える人々だ。その芸達者たちに囲まれて、川中は大阪から東京・深川に出て来た女性の、波乱万丈を演じて文字通りの「奮闘」ぶり。根っ子に生きるのは、関西人特有の「諧謔」と「人情味」だろうか。奮闘する役者さんは他にも居て、例えば遠藤真理子。川中の奮闘に寄り添うように、出ずっぱりで演技もこまごま的確。もう一人、ふっくら体形が得なキャラの安奈ゆかりは、要所々々で巧みに笑いを誘う。この人が僕の親友で「地方の巨匠」と呼びならわす作曲家兼歌手・佐伯一郎の娘だから縁は異なものだ。
 この芝居、川中が恩師とする作詞家もず唱平の50周年記念曲として、彼女が歌っている作品を、タイトルそのまま池田政之が作・演出したオリジナル。大阪から出て来た美幸(役名)は24才からスタート。没落しかかる実家に押しつけられた政(経?)略結婚のはずが、嫁ぎ先の深川の工場は夜逃げした後。途方に暮れた彼女を、料亭の仲居に紹介するのが記者の田村で、どうやら相思相愛の仲になる。ところが料亭はおりも若旦那が株で大穴をあけて勘当、女将は店を維持するために板長・寛太郎と結婚させるが、この板長もバクチで大損をして失踪する始末...。
 結局、女将の跡目をついだ美幸は、ナツメロを歌いながら健気に料亭を切り盛りする。曲目が「東京の花売娘」や「東京キッド」「リンゴの唄」などになるのは、背景が昭和30年代後半で東京オリンピック前夜のせい。そこでボチボチ僕の出番になるのだが、若旦那の借金で風前の灯の料亭の、土地売買にからむ有名商社の会長役。一見穏やかな紳士だが、利権を追う〝裏の顔〟も持っていて、美幸を脅迫したりする。
 第一幕の大騒ぎを第二幕で出て来て締めくくり、大団円へ導く大役を貰っただけではなく、一幕めは別の二役まで与えられたから、衣装とメイクで変装!? する必要に迫られる。池田演出は笑いと涙を山盛りに、切れ味十分でスピーディー。裏方スタッフ100名余がなかなかの手際でその転換を受け持つから、僕はその勢いにも追われる。ついでに書けば、第二部のショーでも、競馬狂と豆腐売りの二役を貰ったが、双方馬鹿丸出しのお笑い役。劇場公演には衣装の早替えがつきものだが、
 《メイクの早替えってのもあるのかよ!》
 と僕は二枚目と三枚目を行ったり来たりの初体験、楽屋の席があたたまる暇もない。それを穏やかに見守る楽屋隣室の主は旧知の山本まなぶで、こちらは事業に失敗、美幸を窮地におとしいれる実家の兄役と、債権取り立てのヤクザの兄貴分。ショーでは遠藤と「貴船の宿」を踊るが、すっきり二枚目の舞い姿が見事で、聞けば前進座の出身。自由ヶ丘あたりで社交ダンスの教師もしているとか。
 バタつく僕を「頑張れ!」と介護気味なのは、友人の上村剛史と小早川真由。僕とこの2人は、8月末から9月にかけて、中目黒キンケロシアターでやる路地裏ナキムシ楽団公演「雨の日のともだち・死神さんはロンリナイ!」にも出る。座長で作・演出の田村かかし武也が明治座に現れて
 「けいこは適当に進めているからね」
 と、ニヤリとした。
 この原稿中盤に出て来た安奈の父・佐伯一郎は、7月5日の初日に車椅子で現れた。脊椎をやられていて8回も手術をした体だが、娘と僕の共演に「何としても!」と気合いが入ったらしい。もともと作曲家船村徹に兄事、一緒にアルバムを作ったベテランだが、静岡・浜松で弟子たちを育て〝東海の雄〟になっている男。だから川中が先輩扱いをして、
 「芸もなかなか、いい娘さんねえ」
 と声を掛けたから、夫人ともども涙ぐむ親馬鹿ぶりを示したものだ。
週刊ミュージック・リポート