新歩道橋1026回

2018年9月2日更新


 キャッチフレーズふうを先に書けば、
 『熟練の作曲ユニット杉岡弦徳が放つ野心作! 史上初の長編歌謡曲「猫とあたいとあの人と」! 作詞は喜多條忠、歌うは松本明子!』
 と言うことになる。BSフジテレビで4回ほど放送した番組「名歌復活」の収録中に持ち上がった企画。レギュラーで出ている作曲家弦哲也、岡千秋、徳久広司、杉本眞人の4人が大いに乗り気になった。司会をやっている松本明子はもともと歌手志願。ジャズのライブなどをやっていて、
 「是非、彼女のための新曲を!」
 と話が盛り上がり、松本の話し相手で作曲家たちとあけすけな世間話をやっている僕がプロデュースすることになった。こう書けば「杉岡弦徳」なる作曲家名に「ははん...」と思い当たる向きもあろう。みての通り! 彼ら4人の苗字を一字ずつ採用したユニットの合作作戦なのだ。
 7月中旬、僕が出演していた明治座・川中美幸公演の楽屋へ、喜多條が勢い込んで訪ねて来た。
 「詞が出来た。近所へ飯を喰いに行こう。そこで詞を見て、ダメが出るなら出してみてよ」
 そう言われてもこちらは困る。まだ芝居の「深川浪花物語」は第一幕が終わったばかりで第二幕が残っている。「それなら待つ」と言う喜多條に「ショーも出てるんだぜ」と言ったら「じゃあ、それも終わるまで待つ」と一歩も退かない。結局彼は、貸し切りだった公演の客席を一つ工面して貰い、終演まで僕の芝居と、ショーの道化役2つを観賞!? する羽目に陥った。
 事後、出かけたのが人形町に隣接する小舟町の「たぬき鮨」という老舗。行きつけだった銀座の小料理屋「いしかわ五右衛門」の板場を仕切っていた大島青年の実家で、ここがまた店の風情といいネタの仕込みの確かさといい、なかなかの店なのだ。徹夜で書きあげた詞を、早く見せたい一心で、昼食抜きで飛んで来た喜多條が、実に何ともよく食うのを横目に、僕が引き取った詞が「猫とあたいとあの人と」という訳だ。
 名うての歌書き4人相手だから、詞も相当に気合いが入っていた。「あたい」に当たる女主人公が、出て行った男のことを猫と話すところから始まって、松山港発の真夜中のフェリーでの出会いや、小倉での再会も描かれる。それが別れることになったのは何故? あたいのどこが悪かった? と猫に問いかけ、人間って悲しい、生きて行くことって辛いと彼女は思い当たる。結局は「人ほど長くは生きないが、人ほど愚かじゃない猫」に、女のひとり語りでお話は終わる。それが8行から11行くらい4コーラスのブロックに分けて、結びは10行という長編。これを杉岡弦徳が1ブロックずつリレー式に作曲を担当、結びは4人のセッションで行く組曲の寸法だ。
 7月末、番組スタッフと4人に喜多條も加えた懇親会は、
 「さて、どの手で行くか!」
 の議論百出になった。それぞれが担当するブロックへの思いがある。全体を俯瞰した作品論もある。誰かが発言すれば「そうだそうだ」から「いや、そうではなくて...」の両論が生まれる。
マイナー部分とメジャー部分の組み合わせの具体案も出る。話をリードする取りまとめ役は、長兄格の弦哲也。しかし、キャラで言えば〝いい子〟〝悪い子〟〝ふつうの子〟に〝あぶない子〟も加えて、個性的すぎる面々のワイワイガヤガヤだから、酔えば話が振り出しに戻ったりして...。
 「生命の危険を考えるように...」と、気象庁や各メディアが連呼する多難な夏である。酷暑とも炎暑とも言われる記録破りの暑さの中で、杉岡弦徳はそれぞれ、この新企画の想を練っている。ヒットメーカーの多忙さの中で、どういうメロディーが生み出され、どうつながって大きな組曲になっていくのか?
 「とりあえず次回の番組収録では、こんな感じだよ...の進行状況の報告かな」
 「完パケの披露はその次あたりがいいな」
 僕らは番組出演者でしかないのに、その制作スケジュールにまで言及する。不定期の特集番組なのだが、プロデューサーもディレクターも「ふむふむ」と合点している気配だ。
 歌全体はおおよそ20分は越えるだろう長編歌謡曲。史上初の試みだし、書き手は詞曲ともに一流である。これを番組内だけに終わらせる気はない。歌う松本明子は目を回しそうだが、究極の目標はCD化。雄図に賛同する希望社は、早めに「この指止まれ!」だと、気の早い僕らは呼びかけ中である。
週刊ミュージック・リポート