新歩道橋1042回

2019年2月16日更新


 「お金が要るんです。お金をちょうだい!」
 歌手が舞台で大真面目に言うから、少々驚いた。客席からはクスクス笑いが起こる。それが大笑いにつながったのは次の一言。
 「会社があぶないんです。お金がないと、つぶれちゃうんです!」
 井上由美子の、いわば自虐ネタ。応援に来ていた歌手たちと爆笑、その後で胸がツーンとした。
 井上が所属しているのはアルデル・ジローというプロダクション。業界のやり手として知られた我妻忠義氏が興した会社で、その没後は二人の息子が引き継いだ。父親の代に川中美幸との契約を解消したから、今は井上が頼りの小さな事務所。この時期、諸般の情勢から、有名歌手を抱えた大手でも、そうそう楽な経営ではない。いわんや弱小プロにおいておや...で、歌手生活15年の井上にも、荷の重さが先に立つのか―。
 彼女のコンサートは、1月11日昼、品川・荏原のひらつかホールで開かれた。タイトルが「由美子さ~ん! 開演時間ですよ~!!」と風変わりで、幕あけ、映像の彼女は商店街でパチンコをやっている。そこへタイトル通りの声がかかって、自転車で会場へ駆けつける段取りなのだが、実物の井上は、自転車に乗ったまま舞台へ現れた。のっけからコミカルな演出である。
 「恋の糸ぐるま」「海峡桟橋」を歌い、メドレーでつなぐのは「赤い波止場」「片瀬波」「港しぐれ」「夜明けの波止場」に「夾竹桃の咲く岬」「城崎夢情 」「高梁慕情」...。残念ながらブレークした曲はないが、歌唱はそれなりにしっかりした演歌だ。サービス曲は「東京キッド」「ガード下の靴磨き」などが、ごく小柄な井上のキャラに合い、中島みゆきの「空と君のあいだに」やかぐや姫の「赤ちょうちん」杉本眞人の「冬隣」などは、歌手としての力量を問う選曲。
 井上はその間、ジョークの連発で、冒頭のギャグもそこで出て来た。僕らを仰天させたのはアンコールの「ダンシング・ヒーロー」で、歌のノリもさることながら、突然登場したキモノ美女軍団の踊りが見事にキレキレ。DA PUMPもEXILEもそこ退け! の激しさだ。聞けば彼女たちは向島の芸者衆で、井上と親しいつき合いだそうな。
 アルデル・ジローの先代我妻さんは、川中美幸ともども、僕を舞台の役者へ導いてくれた恩人。その息子たちの奮闘につき合うつもりで見に行った井上由美子だが、活路をひとつ見つけた心地がした。井上の歯切れのいい本音ジョークと、小柄でちょこちょこのキャラと、客の反応は、バラエティー向きである。ショーの演出も本人だと言うから、お笑いの素養は天性のものと見た。
 1月23日には「コロムビアが平成最後に放つ秘密兵器」がふれ込みの門松みゆきデビューコンベンションに出かけた。いきなりの注文が乾杯の音頭である。昔はこの種のイベントに乾杯がつきもので、乾杯おじさんの異名を持つ大先輩も居たが、近ごろでもそんなのアリなの...と引き受けた。門松が10年内弟子暮らしをしたのが作曲家藤竜之介の許で、デビュー曲の「みちのく望郷歌」も彼の作曲。作詞が石原信一と来れば、二人とも、いわば弟分のつき合いだから、やむを得まい。
 藤は20数年前から、花岡優平、田尾将実、山田ゆうすけ、峰崎林二郎とともに〝グウの会〟と名付けた飲み会を作り、僕が仕切っているお仲間。なかなかチャンスに恵まれなかった彼らに、
 「愚直に頑張ろう!」
 とお尻を叩いたのが会の名前のココロだ。一方の石原は、彼が大学を卒業したころからのつき合いで、当初はスポニチの常連ライターだった。
 「だからさ...」
 とステージで、僕が彼らの兄貴分なら、お前さんと俺は「おじさん」と「姪」の関係になると説明したが、門松はキョトン。委細かまわず僕の乾杯のあいさつは「親戚のおじさん」調になった。
 《そうか、内弟子10年ねえ》
 作曲家船村徹の内弟子、静太郎、天草二郎、走裕介、村木弾が、同じくらいの年数を辛抱したのと親しいが、女性にも我慢強いタイプが居たことに、一種の感慨もある。門松は16才から藤の門下で、第一興商のカラオケ・ガイドボーカルを150曲以上こなしたという。地力の強さを感じさせる歌声で、新人だから多少荒けずりだが、のびしろはたっぷり、津軽三味線の弾き語りも披露した。
 特に演歌だからという訳でもなかろうが、近ごろ歌手たちの陰の人間関係にかかわることが多い。馬齢を重ねたせいか―と、少々ホロ苦さもある。
週刊ミュージック・リポート