新歩道橋1048回

2019年4月14日更新


 いきなりびっくりするくらいの〝ゆうとコール〟である。赤羽会館1階の客席はほとんど女子。歌が始まれば一斉にペンライトが揺れて、そのリズム感もなかなかだ。3月23日夕、辰巳ゆうとのファーストコンサート。昨年末のレコード大賞最優秀新人賞ほか、いろんな賞を取った注目株で、2階席にはメディア関係者が相当数集まった。
 なぜか歌まで拠点が北区赤羽なのだ。
 《もしかして...》
 と思い返す。氷川きよしの初コンサートがここ。夜桜演歌まつりの発端もここ。双方見に行ったが、いずれも辰巳が所属する長良プロダクションの主催だった。ビクターの担当・菱田ディレクターに確認したら、拠点選びはやはり事務所主導である。先代の長良じゅん社長の遺志を、息子の神林義弘社長が引き継いでのことか。〝こだわり〟は時に、強い武器になる例だろう。
 「おとこの純情」「下町純情」「赤羽ものがたり」と、辰巳のレパートリーはみな明るく、テンポ快適。新人だから歌唱に荒けずりなところはあるが、それも活力に通じ、美男子ぶりが彼女らを酔わせる。歌の中身は今様青春歌謡で、
 〽叶わぬ夢を叶えるために(中略)ここぞと言う時一気に出せよ、やれば出来るさ、運も呼べ...
 と、若者を鼓舞するタイプ。
 僕の席は2階2E14。ショーの途中、辰巳の歌をごく小声でなぞる男が居た。前奏、間奏、後奏までの念の入れ方で、実に気分がよさそう、振り向けば後ろの席のハミングの主は作曲家徳久広司、隣りには作詞家久仁京介の笑顔がある。辰巳でひとやま当てたコンビが上機嫌なのだ。
 《そう言えば...》
 と、同じ月の17日、ザ・プリンスパークタワー東京で会った歌手藤野とし恵の迷いを思い出す。シングルを出すたびに、カップリング曲の方が評判になるらしい。タイトルで言えば「水無川」より「失恋に乾杯」で「路地しぐれ」より「私をどうするの」となる。メインは彼女らしい情緒艶歌、他方は前者がマンボ、後者がルンバだ。藤野は福田伴男・真子夫妻の「舞と食事と歌の会」にゲストで出ていた。福田氏は横浜の医師だが、山歩きと釣りとカラオケが大好きの粋人。夫人の真子さんは地唄舞いの本格派で、この夜は「雪」を舞った。僕は二人と長い交遊に恵まれている。
 地唄舞いの粛然、精妙のあとは、カラオケ達者連のステージ。2次会も含めて、みんなが軽快にノリのいい曲を選んでいた。よく見ると、熟年の歌い手の体が倍テンポで動いている。
 「そうなんだよな、近ごろは...」
 と、僕は藤野とうなずき合った。みんなが一心に歌を楽しんでいる。情緒だの情感だのをひたひたと訴えることは、かったるくなったのか? この節、若者にも熟年にも、娯楽の種類は信じられないくらいに増えた。庶民の生活は大いに様変わりして、生活感も変わった。その中で、演歌歌謡曲の哀愁に、自分の思いを仮託する味わい方など失われてしまったのか?
 暗めのドラマを聞かされるよりは、歌手と一緒にその場を楽しむ心地良さの方がいい。歌う側と楽しむ側が体を揺すり、手拍子を打ち、掛け声をかけ合ってひとときの〝まつり〟とする。そのためのツールとしての流行歌が近ごろは人気を集めやすいのか!
 そんなことを考えながら24日昼は六本木のREAL DIVA'Sへ、ゆあさみちるという新人のライブを見に行った。友人の作曲家花岡優平が手がけていて、
 《じゃあ、昼間から一杯やるか!》
 と誘いに乗った。これが何とも小気味のいい魅力の持ち主だった。中肉中背、短髪、黒いシャツブラウスで、キビキビと体がよく動き、歌の合い間のコメントも手短か。時おりシャウトする地声が強く、情緒的湿度よりは、活力を伝えて快活だから、
 「アイドル性があるな」
 と言ったら、花岡は一瞬けげんな顔をした。年齢が高めの層相手のアイドルだって、アリではないか。
 話は辰巳ゆうとに戻る。この青年は1曲ごとに数回「ありがとうございます」を繰り返した。客席を回るシーンなどその連発で、1ステージで150回くらいは言ったろうか。体の動きやコメントに氷川きよし似のところがあり、ファンに両手をひらひらさせるあたりは水森かおり似とも思えた。同じ事務所の先輩2人の、いいとこ取りをした賢さが、ごく自然なところが面白かった。
週刊ミュージック・リポート