新歩道橋1072回

2020年1月25日更新


 舞台に巨大な将棋の駒が11個も並ぶ。それを背景に2人の男が対峙している。おなじみ、阪田三吉と関根金次郎の因縁の対局シーンだ。駒の間から男たちが現れる。舞台上手の数人が関根側、下手が阪田サイドで、彼らが、盤上の戦いを中継、解説、応援、言い争う。それぞれ口調が激しい。
 《そうか、そういう手があったか!》
 僕が合点したのは、勝負の内容ではなく、熱戦の様子を劇場の客に伝えるアイデアについてだ。映像なら棋士2人の表情の変化や駒を動かす手や指、取り囲む人々の動揺や感嘆などを、たたみ込んで熱気を表現できる。ところが芝居だと、そうはいかない。歌手三山ひろし扮する阪田三吉は、前かがみに盤上を見据えているだけで、客席からは遠い。
 明治座の正月公演を見に行った。三山が初座長で「阪田三吉物語」をやる。映画や芝居でよく知られている演目。どんな按配か? とのぞいたのだが、これがなかなかの新趣向。立川志の春の同名の新作落語の舞台化で、志の春本人が冒頭から出語りで一席、劇中もちょくちょく現れて味な狂言回しをやる。三吉の生い立ちから最期、その記念碑のありかまでを時系列で説明し尽くすのだ。
 無頼の賞金稼ぎ時代から関根との出会い、東西で反目する将棋界と双方を取り込んでの新聞社の暗闘、女房小春の献身とその死などのエピソードも次々に出て来るが、判りやすいことこの上ない。そのうえ三山三吉が要所で己の心境を語って客をうなずかせ、突飛なアクションで笑いを取る。破天荒な人物像を、熱演また熱演する従来の阪田ものに比べれば、淡白クールな仕上がりで、それが〝役者三山〟らしさの作り方か。
 世の中、バラエティーばやりが長く続いている。テレビは芸人たちのおしゃべりが山盛り、ニュース番組のコメントにまで笑いの要素がちりばめられる。そんな風潮が蔓延してか、若者間で人気がある仲間はオモシロイ人、ヤサシイ人...。こうなれば、歌手の大劇場公演も笑いとは無縁ではいられまい。それもめいっぱい真面目にやって、結果オモシロければ最高だろう。三山の第二部オンステージは「FirstDream2020」のサブタイトルがついて、これでもかこれでもか。
 三山が「雨に唄えば」などの映画音楽を「踊る」のだ。年配のファンはフレッド・アステアなんてあたりを思い浮かべそうなシーン。それを舞台いっぱいに展開して、そこそこ様になることで一生懸命さをアピールする。それに例の「俵星玄蕃」の長尺熱演を並べ、お次が昭和歌謡のミュージカル仕立て。「神田川」「青春時代」「結婚しようよ」「3年目の浮気」「うそ」「木綿のハンカチーフ」などの歌詞がクスグリのネタで、三山青年とその恋人の、同棲時代から破局までのドタバタ・コメディだ。
 芝居とヒットパレードの二本立てという、従来のパターンでは近ごろのファンは納得しない。いつのころからか面白おかしさを期待する風習が行き渡ってしまった。カラオケのお仲間と一緒に好きな歌を聞き、あんな顔してあんな事する...と思いがけない寸劇で大いに笑い、ああ、よかったねと三々五々家路につく。ファンにそうあって欲しいと思えば、三山も奮闘せざるを得まい。大阪・新歌舞伎座は体験したが、東京明治座は初主演。
 「デビュー11年めで、こういう大舞台に立たせていただけるのも、皆さまのご支援あってこそ...」
 のあいさつを、社交辞令どまりにしてしまうわけにもいかない。
 それやこれやの阪田ものと、ショーの品ぞろえ。おしまいには「望郷山河」「男の流儀」などのヒット曲に紅白歌合戦出場の感想などもチラッと話して、新曲「北のおんな町」は「買ってね」とタイトルを連呼、また笑いを誘う。酷使しているノドは大丈夫か? まだ若いんだから体調は維持できるだろうな。結局これは文字通り彼のワンマンショーだ。やれやれお疲れさん! そう思いながら僕が席を立とうとしたフィナーレで、いきなり三山が翔んだ。白いスーツの背中に天使みたいな羽根をつけての宙吊り。それも舞台上空を縦横無尽。スイスイとかっこ良くポーズしたり、溺れるようにバタバタしたり。客席の嘆声の中で、すうっと降下すると舞台中央、共演者と一緒に三方礼である。
 僕が観たのは1月14日夜の部。3日後の17日にはこの劇場の2月公演、川中美幸主演の「フジヤマ〝夢の湯〟物語」の顔寄せがある。共演者の一人の僕は、今度は〝いい笑いづくりのお手伝い〟で、同じ舞台を行き来することになる。
週刊ミュージック・リポート