数よりは質なんだな、歌い手は...
いまさらながら、歌い手最大の武器は声そのものと改めて思う。一声でその人と判るのが強み。それに加えて、あらかじめ情感をにじませる声だったら、鬼に金棒、即スターだ。しかし、そんな例はきわめて稀。仕方がないから詞や曲の特異さ、企画性でそれらしい色を作る。節回しで個性を狙う場合もある。クセ者は情感という奴で、こればかりは生まれつきの資質。身につけさせようと手を尽くしても、歌がシナを作るだけに止まってしまう。歌手って難儀な商売なのだ。
2016年4月のマンスリーニュース
2016年5月31日更新数よりは質なんだな、歌い手は...
いまさらながら、歌い手最大の武器は声そのものと改めて思う。一声でその人と判るのが強み。それに加えて、あらかじめ情感をにじませる声だったら、鬼に金棒、即スターだ。しかし、そんな例はきわめて稀。仕方がないから詞や曲の特異さ、企画性でそれらしい色を作る。節回しで個性を狙う場合もある。クセ者は情感という奴で、こればかりは生まれつきの資質。身につけさせようと手を尽くしても、歌がシナを作るだけに止まってしまう。歌手って難儀な商売なのだ。
心かさねて
作詞:石原信一 「今年こそ、紅白に」という声が、周辺にある。昨年、同じ呼び声の山内惠介と三山ひろしが大願成就していて、紅白に若手起用の気運が生まれた。新旧交代の兆しとも捉えれば、市川に期待の声が上がるのも無理はない。
彼女をそんな波に乗せたのは、詞の石原信一と曲の幸耕平の連作。今作も二人は、すっかり"その気"で、石原が似合いの女心フレーズを、詞にちりばめる。幸も彼女の温かく優しい声味を生かした。
歌唱の一途さに、ふくらみが生まれているのは、本人の、風を感じての自信か。
思い出の川
作詞:石原慎太郎 昔、都知事だったころの石原慎太郎氏の要請で、三宅島支援の歌を作ったことがある。「あれ以来の縁で...」と、深夜、五木本人から電話をもらった。自信作が出来た気配が、その声に濃かった。
石原氏の詞、五木本人の曲と歌。失った恋、去った友を軸に、過ぎた青春を思い返す詞に五木はゆったりめ、大きめの曲をつけ、あえてそれをソフトに、抑えめに歌う。「今どこに、今はどこに...」という歌い収めのフレーズに、万感の思いを託すいわば抒情歌。こういう時代になって見失ったものへ、熟年の男の感慨が重なった。
両家良縁晴々と
作詞:坂口照幸嫁ぐ娘は25歳、それを見送るのは、彼女を兄夫婦から引き取って育てた養父。ひとひねりした祝い歌を、坂口照幸の詞がきっちりした筆致、水森英夫がひなびた民謡調の曲に仕立てた。池田輝郎の押しの強い声味にぴったりで、歌い収めの「晴々と」が実にいい。
秋恋歌
作詞:原文彦原文彦の5行詞3連が、きちんと女心を書き込んでいる。サビにあたる4行めにそれぞれ工夫があり、一番にまたこおろぎが出て来た。以前、美川憲一の歌で「こおろぎみたいに女が泣いた」と書いた人だ。作曲は叶弦大、香西かおりの歌は「うまいなァ」の一言!
絆雪
作詞:石原信一歌い出しの歌詞1行分を高めにスタート、岡千秋が味のある曲にした。もともと派手に決めるタイプではない岩出和也の歌で、ひと勝負したい苦心が見える。穏やかだが地味な岩出の、息づかいと声の湿度がうまく生きた。彼は自分の"色"をつかめたかも知れない。
女の慕情
作詞:原文彦「聴かせ歌」よりは「歌わせ歌」が身上の叶弦大が、いかにもそれらしい曲を書く。このところコンビの多い原文彦が、それに似合いの詞を書いた。独特の声味の真木ことみが、それを大づかみの感情移入で歌う。サビと歌い収めの2カ所の、高音がアクセントだ。
幸せの場所
作詞:円香乃とかく、セクシーさが売りだったチャン・ウンスクの歌が変わった。主人公が個人的な悲嘆を離れ、人生を語る規模と客観性を持ったせい。円香乃の詞、樋口義高の曲が大きめの2ハーフ。チャンがそれを例の声と例の息づかいで辿る。これも一つの冒険だろう。
女の幸せ
作詞:原譲二北島三郎は原譲二の筆名で、きっと歌いながら曲を作るのだろう。そう思えるくらい今作は、詞曲ともに女心演歌の定石どおりで、起承転結、歌好きの期待を裏切ることはない。それを山口ひろみは、デモテープを聞いて覚えるのか。北島節の痕跡がチラリとした。
空蝉の家
作詞:田久保真見心ならずも故郷に、空き家を放置する人は多い。そんな社会現象を素材にした、いわば昭和挽歌。庭先の蝉の抜け殻から、主人公は生家を時の抜け殻と合点する。堀内孝雄の曲と歌もいいが、作詞田久保真見は、認知症を描く傑作『菜の花』に次ぐ社会派ぶりだ。