熟女トリオと三山ひろしを観た!

2021年7月31日更新


殻を打ち破れ233回

 

 JR中野駅のホーム午後2時20分過ぎ、下りのエスカレーターの列に加わってふと思った。この行列はおそらく、その後右折して改札口へ向かうだろう。ニヤニヤしながらついて行くと、熟女集団の行動はその通りになった。目指すは中野サンプラザ。この日6月3日の午後3時から「三山ひろしリサイタル2021~歌の宝石箱~」が上演される。一行と僕は少し足早やになった。

 本当は昨年9月に予定された催しだった。それがご他聞にもれずコロナ禍で延期。その分だけ三山本人も気合いが入っていた。『お岩木山』『男の流儀』『四万十川』など、おなじみの曲から、ガンガン行く。ひところよりは歌声に厚味が出て、中、低音がよく響き圧力が強い。デビューからしばらくをボクシングのバンタム級くらいに見立てれば、今ではライト級のパンチ力…。

 会場は例によって感染対策の3密ご法度。客席は一席ずつ空けた市松スタイルで、声援もなし。一斉に揺れるペンライトと拍手が三山とファンを結ぶよすがだ。1階19列22番の僕の席の前に、お仲間風情の熟女トリオが並ぶ。左側の一人はオペラグラスで三山を熟視する。中央の一人はかなりいいノリでライトを振り、一曲終わるごとに拍手へ切り替えが忙しい。右側の一人は身じろぎもせずに三山の歌に聞き入り、忘我の境地――。

 「趣向ヤマモリです。お楽しみ下さい」

 と三山が幕あけに予告した内容は“星の歌づくし”がその1で『星降る街角』『星の流れに』『星影のワルツ』『星はなんでも知っている』『星のフラメンコ』など昭和歌謡のあれこれ。その2が長編歌謡浪曲で“忠臣蔵外伝”ふうに、吉良側から上杉綱憲と千坂兵部の物語。「声・節・淡呵」が浪曲の3要素だが、三山流のこなれ方がなかなかだ。その3は“歌で世界旅行”企画で『5番街のマリーへ』『翔んでイスタンブール』『時の流れに身をまかせ』『バナナボート』『サンタルチア』『慕情』などのごちゃまぜ。

 休憩時間には「あんたテレビに出てる人でしょ」「バレた?」なんてやりとりをしながら、前列の熟女トリオと交歓する。この日のステージは、近々CSテレビで放送され、秋にはDVDで発売されるとか。選曲の賑わいと、三山の気合の入り方が、なるほどと合点が行く。トラブルがあった長尺浪曲は終演後に撮り直しだが、物の言いがついて取り直す大相撲の一番みたいなオマケになった。

 左上腕部にしこりが残り、動かすと少し痛むことに気づく。前日夕、居住地の葉山町福祉文化会館でコロナ対策のワクチンを接種したせいと思い出す。つれあいや友人を督励、ネット対策までした予約騒ぎだったが、何のことはない、思いついて電話をしたらパッとつながって自分で取れた。クーポン券と、書き込んだ予診票、身分証明の保険証などを持ち、準備おこたりなく出かけた接種風景と、サンプラザの客席の景色が重なる。65才以上の接種が1000万人を越えたと官邸が大騒ぎした日、初対面の熟女トリオも注射仲間みたいで、とても他人とは思えない。

 三山は25才で四国から上京、28才でデビューして13年になると話した。作曲家中村典正とその夫人の歌手松前ひろ子の薫陶を受け、結婚もし子も成した。公私ともに穏健にして堅実な“その後”である。41才の男ざかり、働きざかりのステージが、それなりの充実ぶりを示した。

 三山の新曲は『谺-こだま』で、作詞者いではくと作曲者四方章人とばったり会った。四方は仲町会のお仲間で、顔を合わせれば酒…の仲。それが「ずっと自粛、家呑みを励行してます」とさっさと帰ろうとするから、まだ宵の口なのに「じゃあね!」と別れた。何だか忘れ物をしたような気分だった。