天童で“ひばり愛”を聴いた!

2022年1月29日更新


殻を打ち破れ239回

 美空ひばりが遺した歌が3曲も出て来た。『みだれ髪』『ひばりの佐渡情話』と『哀愁波止場』で、いずれも相当にむずかしい歌だ。

 ≪大丈夫か? 歌い切れるか、ひばり33回忌のあとだよ…≫

 審査員席で、僕は他人事ではない心配をした。ひばりとは晩年の15年間を、唯一の密着取材者として親しいつき合いをさせてもらった。3曲とも作曲は船村徹で、この人にも長く身辺に居て、自称弟子を許されていた間柄。『みだれ髪』はひばりが奇跡的に復活したレコーディングに立ち合っている。

 11月14日、山形の天童で開かれた「天童はな駒歌謡祭2021」での話。グランプリを取ったのは大野美江子さんで『みだれ髪』の歌唱がしみじみと情が濃いめ、他の出場者を静かに圧倒した。その歌唱からは美空ひばりという大歌手への、敬意と愛情の深さが聞こえた。歌詞をかみくだき、メロディーを自分のものにした努力、理解の向こう側に“ひばり愛”が息づいていたのだ。

 残る斎藤まさ江さんと鈴木華さんも、楽曲を掌の中の珠のように大事に歌った。難曲をちゃんと自分のものにして、参加48人のうちベスト15に入っている。みんなが長いひばりファン歴を持つ人だと判る。おそらく3人とも、歌った作品にひばりと自分の青春や生き方を重ね合わせている。そのうえで、

 「ひばりさんの作品を歌って、見苦しい真似は出来ない…」

 と、かなりの緊張の中で自分を励ましたに違いない――。

 ≪それにしてもこの時期、よく踏み切ったものだ≫

 と、感じ入ったもう一つは、この催しの実行委員会の決断である。開催した11月は確かにコロナ禍は下火になっていた。しかし、やると決めるのはその数ヵ月前のことで、肝心の出場者の募集をはじめ、さまざまな準備がある。その時期はコロナ禍がまっ盛りだったはずだ。それを、

 「歌は生活の伴侶であり、文化だ。歌の流れを途絶えさせてはいけない!」

 と、大号令をかけたのは実行委員長の矢吹海慶師だったと言う。日蓮宗妙法寺住職のこの人は、長く市の教育や文化、伝統の維持に力を尽くした有力者で、大のカラオケ好き。僕は19年続いた「佐藤千夜子杯歌謡祭」を通じて知遇を得、親交ははな駒歌謡祭に持ち越される光栄に浴している。ぶっちゃけた話、みんなの歌を聞くよりも、この年上の粋人に会いに行くのが、年に一度の楽しみなのだ。

 催しは大胆な決断と細心の注意で行なわれた。出場者も観客もコロナ対策は徹底しており、出場者は歌う都度消毒したマイクを、ビニールの手袋をして受け渡しした。もともと感染者が少ない山形へ、大騒ぎの神奈川から東京を経由しての参加である。こちらがウィルスを持ち込んだら大変…と、内心ひどく落ち着かない気分だった。

 ところで歌についてだが「聞かせる」よりは「伝える」気持ちが大事だと思っている。ことに上級者に多い「聞かせる」タイプは、声と節に自信を持つせいで、野心が強めに出てしまう。声も節も実は作品を表現するための道具に過ぎないことに、気づく人は少ないのだ。一方「伝える」タイプは、作品に託された思いを理解、それに自分の思いを重ねて、聞く側に心をこめて手渡そうとする。選曲から歌唱までの道のりで、どのくらい作品を突き詰め、自分自身を突き詰めたかで、その人の人間味がにじむ「いい歌」が生まれるのだ。

 冒頭に書いたひばりソングの3人は、信仰に近い“ひばり愛”が、お人柄の歌の下地になっていた。このくらい歌い手そのものに没頭することも「いい歌」づくりの手がかりになるのかも知れない。