殻を打ち破れ245回
≪素人の歌巧者というのも度し難いもんだ。カメラ目線、挑む色でまっすぐに眼を据えて来るじゃないか…≫
スクリーンにクローズアップされた女性から目を落として、僕は審査表に点数を走り書きする。最高点から「2」点減らした数字。後からもっと凄い人が出て来た場合の予備だが、この日その心配はなかった。5月28日、メルパルクホールで開かれた「日本アマチュア歌謡祭」グランプリ部門の出場者は1名欠席したから99人。その難関を突破したのは三津谷有華さんで、歌ったのは『人形(おもちゃ)』――。
荒木とよひさ作詞、浜圭介作曲で、香西かおりのヒット曲になったこの作品を、覚えている向きも多かろう。「私はあんたのオモチャじゃないのよ!」と、不実な男に別れを告げる女心ソングだ。その場面の啖呵を軸に考えれば、女性の気強さばかりが浮いて出る。しかし二人にだって相思相愛の時期はあったはず。それがこんな別れになって、相手を責める思いの陰には、愛した男を失う傷心もひそんでいるだろう。愛憎あいなかばするドラマは複雑で、そのうえに浜圭介一流の、粘着力のある名曲である。
このイベント、参加する熟女たちの衣装は和洋さまざま、水商売ふう着物から金ピカゆらゆらドレスまで実に賑やかだ。その中でグランプリを得た三津谷さんは、タイトなドレスに野性的とも思える姿態と表情。楽曲を一気に歌い、2コーラスそれぞれの歌い収めで、挑むような眼をカメラに決めた。
この歌謡祭は今年が37回め。発足5年までは僕の勤務先だったスポーツニッポン新聞社が主催した。現存する全国レベルの大会では最古、参加者のレベルも最高の呼び声が高い。当初から立ち上げにかかわったのが縁で、僕はずっと審査委員長を仰せつかっている。会の自慢は腕利きの各社プロデューサーを審査に動員していることと、参加者を5人ずつに分け、その場で各人に講評を加えることだろうか。
そんな審査を束ねているから、表彰式も手伝うことになる。毎年面くらうのは熟女たちの変貌で、ステージ衣装を脱ぎ普段着になるから、ステージに全員勢揃いした彼女たちはただのおばさん(失礼!)に逆戻りしている。だから表彰状や賞品を渡す都度「何を歌った人?」と聞き、その答えに反応、作品のいわれなどを話して、受けたりするから、司会の夏木ゆたか・玉利かおる両氏に「長いよ!」と苦情を言われたりする。
『人形(おもちゃ)』の三津谷さんもその例にもれなかった。グランプリの名を呼ばれると、顔を両手でおさえ大声をあげて派手めの反応。喜びの声を聞き出そうとしたら、筋金入りの(また失礼!)東北弁で青森の人41才と判った。スクリーンで見たプロ顔負けの立居振舞いとは、まるで別人である。
最優秀歌唱賞が『恋は天下のまわりもの』を歌った内藤加菜さん(東京)で27才の歌手志願。60~70才が多数の参加者の中では2人は若い受賞者だ。歌われた楽曲の最多は杉本眞人が19曲で、若草恵と小田純平がそれぞれ5曲、浜圭介が4曲と、“歌い甲斐”や“歌い栄え”のあるむずかしめの作品が目立った。はやり歌の流れの変化が見える気がする。
コロナ禍で2年自粛、3年ぶりの催しだった。新聞やテレビでは連日連夜、ロシアとウクライナの戦争の惨状が報道され、「日本もそろそろ戦争の準備をしよう」などと、バカなことを言い出す政治家も出て来て、世論が誘導されそう。北朝鮮はやたらにミサイルを打ち上げるし、台湾有事も問題…と確かに空気は不穏だし、あおりを食らって物みな値上げで生活が圧迫されるなか、剣呑な事件も続発している。生きにくさ、暮らしにくさにじりじりしめつけられて、ロクなもんじゃない日々。しかしこれでも日本は平和なのだ。一昼夜、嘆き悲しむはやり歌ざんまいをどっぷり体験しながら、この平和こそ大切にしなけりゃなと思った。大会の審査委員長講評で、それを言やあよかったなと今ごろになって考えている。