吉岡天平がプロの写真家になったぞ!

2022年12月31日更新


殻を打ち破れ250回


 「吉岡さん、来ました。おおきい人と一緒で、ボクサーだって。あの人もおおきいしね…」

 いつだったか、行きつけの月島のもんじゃ屋“むかい”の女将から報告されたことがある。友人の吉岡天平のことで、亡くなった作詞家吉岡治の長男。巨漢2人連れに驚いたらしいが、そう言えば彼もボクシングジムに通っていると聞いていた。その天平から葉書が届いた。「想望するリングへ」と題した「吉岡天平写真展」のお知らせで11月1日から12日が東京・銀座、来年の2月7日から18日が大阪で、いずれも会場はキャノンギャラリーとある。

 葉書いっぱい大写し写真は、ヘッドギアをつけたヒゲづらのボクサーのアップ。見知らぬ男だが、カメラ目線の眼がカメラを通り越して、妙に穏やかに遠めに投げられている。スパーリングの途中のワンショットだろうが、彼の眼は一体何に向けられて、何を見ているのか? 天平からのメッセージは「ここまで辿り着きました。お待ち申し上げております」と走り書きの一行。

 ≪そうか、スポーツ写真を撮ると言っていたが、ボクシングに特化してずっと頑張っていたんだ。あれからもう6年になるか…≫

 天平は僕らの遊び仲間で作曲家の弦哲也、四方章人らと吉岡治もメンバーだった仲町会の面々と、よく呑んだ。年下だから呼び捨ての友人である。

 天平が追っているのは、小原佳太というボクサー。アマチュアで70戦55勝(30KO)15敗、プロで31戦26勝(23KO)4敗1分の戦績を持ち、三迫ボクシングジム所属。現在日本ウエルター級チャンピオンで3度防衛中とある。天平は小原がIBF・IBO世界スーパーライト級王者エドゥアルド・トロヤノフスキーに挑戦した2016年9月、ロシア、モスクワ戦から密着取材をしているらしい。

 他国で拠点とする「Boxingジム探しから始まり、減量による選手の身体と心の変化、それを支えるトレーナーとジムの同志、異様な雰囲気の漂うアウェーでの試合、惨敗からの再起と、凝縮されたBoxingを撮ることでドキュメンタリーの面白さに、僕は目覚めることが出来た」

 と、天平は写真集に書いている。以後彼は小原が2017年8月WBOアジア太平洋ウエルター級タイトルマッチに勝利、翌18年4月2度めの防衛は失敗、そのまた翌年8月に王座を奪回、19年3月、アメリカ、フィラデルフィアでのIBF同級王座挑戦者決定戦で判定負けを喫するなど、あわただしい浮沈の日々を追跡した。天平がカメラを向けるのは戦う男の生きざま。モスクワでのジムでのトレーニングや、現地の人々との交友、地下鉄でのワンショット、筋肉そのものの見事さや、オン、オフの境めで見せるハッとするような笑顔など、小原の喜怒哀楽の瞬間を凝縮して切り取っている。そんなドラマの緩急が、冷静な視線と叙情の感触で捉えらえ、肉と肉、拳と拳、意志と意志、本能と本能が激突するクライマックスへ行き着くようだ。

 「ボクシングには、いつごろから興味を持ってたのよ?」

 と聞いたら

 「おやじが岡林信康さんの息子がボクサーになったから、応援しろと言った時ですかね」

 と笑った。天下の女ごころ艶歌の書き手とフォークの神様の交友が、次の世代にこんな影を落としているのが愉快だった。

 天平は写真を水谷章人氏に師事、4年で水谷塾を卒業した。父親の作品の権利全般を維持、展開する仕事も含めた会社Zeusと深川のM16Galleryを経営する51才。東京と大阪のキャノンギャラリーは、出展者が厳重な審査を受ける難関で、出展できるのは「100人のうち7人」とも。吉岡天平は今回の催事をもってあっぱれプロカメラマンの第一歩を踏み出したことになろうか。小原佳太は現在世界ランク10位、36才。なお世界王者への夢を生き続け、天平はそれに同伴する気だ。