弟分・走裕介と村木弾の新曲を聴く

2023年5月13日更新


殻を打ち破れ254回

 あれは二月だったか? 網走まつりはむちゃくちゃ寒かったな…≫

 初夏みたいなぽかぽか陽気の湘南・葉山で、14年前の冬を思い出した。走裕介の新曲『篝火のひと』を聞きながら。デビュー15周年記念シングルという惹句にも、そこそこの感慨を覚える。出身地網走の「網」をはずして「走」を芸名にした作曲家船村徹の内弟子の一人。故郷でデビュー発表会をやるというので、勇んで出かけた。僕は50年を越す船村の“歌わない”弟子だから、走は弟分にあたる。

 新曲はバラード。松井五郎が詞を書き、船村の子息・蔦将包が作曲と編曲をした。

 ♪たどり着く先が どこかさえも訊かず 花のない道で 迷う空を見たろう…

 と、別れたひとの尽くし方をしのびながら、主人公の男は、感謝の思いを胸中でゆらす。少し長めの歌詞3行分を語り、次の3行をサビにして思いをたかぶらせる構成は、詞、曲ともに判りやすく、聴く側の心に届く。デビュー以後しばしば、声に頼り誇示する青っぽさが抜けぬ歌い手だったが、歌唱にほどほどの抑制が利いているのは、心がけたのか、身につけたのか。いずれにしろ15周年の転機を考えたのは確かだろう。

 ≪しかし、網走の酒はきびしかった…≫

 そんなことも思い返す。氷の路地に並んだ屋台に首を突っ込んだが、足踏みをしながらのコップ酒、飲んでも飲んでも酔えなかった。酔狂なことに僕は、マレーシアのコタキナバルで仲間と遊んで帰国、その足で網走に入った。南国のゴルフ三昧が連日30度、北国はマイナス15度で、45度の温度差である。走が歌ったステージも、座ってなどいられぬ客席も氷仕立て。こんな所で生まれ育った青年は、そりゃあがまん強くなるだろうと合点したものだ。

 船村徹七回忌の今年、走が新境地を目指せば、もう一人の内弟子村木弾は師匠の“哀歌”の世界を引き継ぐ気配が濃い。こちらの新曲は『お前に逢いたい』で

 ♪たった一人の 女さえ 守れずその手 振り切った…

という男の詫び歌。作詞した原文彦は、三番の歌詞で、

 ♪背中(せな)で聴いてる 船村演歌 かくした涙に 春が逝く…

 なんて、すっかり“その気”だ。

 カップリングの『ほろろん演歌』を書いた菅麻貴子も『昭和のギター』『路地づたい』『遠い汽笛』など、あのころおなじみの単語をちりばめている。作曲は2曲とも才人徳久広司で、船村メロディーには近寄らぬ、ギター演歌に工夫を見せる。デビュー7年目の村木は委細かまわずスタスタと歌い進めるタイプだったが、『お前に逢いたい』を二度繰り返す歌い収めでは、哀感少々うねらせてそれなりの色を作った。

 走と村木はコロムビア所属で、たまたま新曲の足並みが揃った。こうなれば二人の兄弟子の静太郎と天草二郎の新曲も期待したくなる。こちらはともにクラウンの所属だが、さて、新曲はいつごろ出す準備がすすんでいることやら。制作陣は顔見知りだがら「その辺、どうなのよ」と、お節介を焼きたくなるのは、こちらの二人も僕には弟分に当たるせいだ。

 鳥羽一郎を長兄に、静太郎、天草二郎、走裕介、村木弾の5人が船村の“内弟子5人会”を名乗る。師匠の没後は「演歌巡礼」と師匠のイベント名を引き継いで、船村作品を歌い継いでいる。6月12日、船村の誕生日で、会場は栃木・日光の記念館に隣接するホールだが、このところコロナ禍で延期や見合わせの憂きめを見ていた。

 「今年はやります。準備中です!」

 の知らせが、同門会事務局から届いている。連中の顔を見に日光へ、僕も気合十分である。