森サカエ50周年、昭和を歌い尽くすか!

2010年8月27日更新


殻を打ち破れ 第104回

 司会・荒木おさむの曲紹介は、相変わらずの名調子。それに背中を押されて颯爽と…とばかり、登場するはずの彼女だったが、違った。案に相違の森サカエは、舞台中央へ足を引きずりながら、ソロリソロリである。6月12日夜、グランドプリンスホテル赤坂のクリスタルパレス。作曲家船村徹の恒例の誕生パーティーでのことだ。
 ≪ほらご覧よ、あんたを久しぶりに見る人は、もうそんな年になったかと、勘違いするじゃないか…≫
 主賓船村の隣りの席で、僕は身内ふうに気をもむ。本当のところは彼女、足の小指を骨折していた。家の近所を履き慣れた駒下駄でチャカチャカ歩いていて、ひょいと足を踏み違えたらしい。大事な仕事を前にして、何たる不心得か!
 しかしさすがに、歌はしっかりと彼女流、独特の魅力で会場を圧した。新曲の『落花の海』だが、森の歌手生活50周年を記念して荒木とよひさが作詞、船村徹が作曲した。
♪幾千里漂う花よ 玄海灘の海の果てよ(中略)死ぬだけの ああ…運命なら 落ちる花は泣かない…
 と、悲劇の男女の姿を、とても簡潔に荒木が書いた。余分な説明はスパッと削ぎ落として、あとは作曲者と歌手にお任せ!という姿勢は、ベテラン船村への敬意だろうか?
 委細承知…の船村は、それをゆったり大きめな曲でゆすった。婉曲な船村メロディーが哀歓を濃いめにする。
 いわば叙情的な作品である。それを森は叙事的に歌った。折目正しく、直線的な感情表現、思いのたけをグッと抑えめに、心持ち醒めた手ざわりの歌唱だ。サビのフレーズが韓国語で、
♪ナックワンヌン ウルジ アヌンダ…
 これが主人公の嘆きを呪文みたいに響かせて、不思議な効果をあげた。
 森には星野哲郎作詞、船村作曲の『空(くう)』という知る人ぞ知る名曲がある。もはや哲学や宗教に通じそうな諦観を歌い切っていて、僕はこれを聞く度に粛然とする。『北窓』は水木れいじ作詞、船村作曲で、シャンソンテイストのいい作品。カラオケ上級者の愛唱歌に育ち、日本アマチュア歌謡祭でも二人が歌った。
 今や伝説のジャズシンガーである。戦後この方の、その世界の開拓者の一人だ。そんなスターと僕は、いつのころからか「ダーリン!」と呼び合う友だちになっている。キイパーソンは船村徹。彼女は古くから船村ファミリーの一員で、僕は彼を師匠と仰ぐことご存知のとおり。僕が船村を突撃取材し、知遇を得るきっかけになったのは、記者になりたての昭和38年夏だから、僕の雑文屋ぐらしは今48周年。森の2年後輩という勘定になる。
 何とも気っぷのいい、昔気質の歌巧者である。素顔はと言えば冒頭のオハナシの通り、少し粗忽で気のいい下町のおばさんふう。その森が9月4日、なかのZEROホールで50周年記念コンサートを開く。ジャズもアメリカンポップスも、映画音楽もオリジナルも、ここを先途!と昭和を歌い尽くすことになるだろう。かなりの酒豪だが、大仕事の前には必ず、断酒して心身をしぼり込む人、もう転んだりすることはあるまい。

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