ここまで古けりゃ、新しさに通じるか?

2011年10月31日更新


殻を打ち破れ118回

 「ねぇ、びっくりしないでね!」
秘密でも打ち明けるような小声で、三沢あけみにそう言われたのは5月ごろだったろうか。
「ン?」
となった僕に、彼女が告げた曲目が『三味線ブギ』と『高原の駅よさようなら』の2曲。その吹き込みが終わって、夏すぎに発売の運びだと言う。
古い歌好きなら、誰だって驚くはずだ。『三味線ブギ』が昭和24年、『高原の駅よさようなら』が26年に出た歌である。唄ったのは市丸と小畑実。2人とも一世を風びしたスターだが、それは遥かな昔の話。近ごろの流行歌ファンが「誰? それ…」になっても無理はない“歴史上の人物”だ。そんな昔々のヒット曲を、何でまた平成の今ごろカバーするのよ?
「しかし…」と、僕はたたらを踏んだ。「温故知新」という言葉もある。古いものの手応えを新しく作るもののバネにする手か。「古いものは決して、それ以上古くなることはない」と言ったのは確か星野哲郎。流行歌の名曲、快作が示す生命力の強さに通じる発言か! 流行って奴はいつでも、ラセン状に進んで来た。ちょいと見はめちゃ古くても、その古さが昔のそれとは大分違う例を、僕は沢山見て来た…。
そして9月、
「聞いてね!」と言うから、三沢のその2曲をターンテーブルに乗せた。
♪踊るあほに 踊らぬあほだよ 同じあほなら 踊らにゃそんだよ…
♪踊りゃよくなる ますます良くなる 茄子もカボチャも 景気もよくなる…
何だかすうっと、歌の気分が抵抗なく胸に届く。佐伯孝夫の詞は決して古くないし、ブギウギ名手服部良一の曲は、ひょいと幾時代かを飛び越すようだ。ふむ、これなら若い世代には、全く新しい作品と言っても通るか!
ここのところ長く、世相は万事後ろ向きである。文化の各方面に、戦後検証、昭和回帰の波が押し寄せている。そこへ東日本大震災の国難。庶民は「放射能、円高、後手後手政治」に追い立てられている。まるで先が見えない不安の中で、呪文みたいに唱えるのは「諦めない!」「がんばろう!」「念じれば通じる!」だ――。
「ほほう…」
とりあえず僕は目を細めた。三沢の歌声の明るさ、屈託のなさが楽しい。とうの昔にベテランの域に達しているのに、この人の歌はごく自然。技を誇示するでもなく、自己主張にこだわるでもなく、一心に聞き手を楽しませようとする。そこで僕はもう一度、
「ほほう…」
になる。そんな三沢の歌手としての特色は、彼女の人柄そのものなのだ。はばかりながら僕は、少々年上だが彼女と同期生。彼女が女優から歌手に転じた昭和38年に、僕はスポニチの取材記者に異動した。そのころから長いつき合いが続くが、人柄も仕事上のキャラも全然変わることがない。つまるところ「変わらない」という事も、大きな価値を持つのかも知れない。
 

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